30 読書端末あれこれ(改訂版)(下川和男)

■1998~2002年 アメリカ
 初めて読書端末に出会ったのは、1998年11月のコムデックスでした。マイクロソフトのビル・ゲイツ社長(当時)が、8,000人のIT関係者へのキーノート・スピーチで「On PaperからOn Screenへ」と話しだし、メール、ウェッブ、辞書はすでにパソコンの画面で読んでいるが、今後、新聞や書籍も画面で読むようになると力説しました。
 当時、世界最大のコンピュータ展示会であったコムデックスの会場には、モノクロ液晶を使った3社の読書端末が展示されており、「Rocket eBook」は購入可能とのことでしたので、ショップの場所を尋ねたら、URLを教えられてビックリ。アマゾン日本進出の2年前で、インターネットで商品を買うという行為を初めて体験しました。
 Rocket eBookを開発したヌーボメディア社とソフトブック・プレス社を訪問し、彼らの勧めで標準化団体Open eBook Forumに社員が参加し、漢字表示の仕様策定なども行いました。Open eBook Forumは後にEPUBを作成するIDPF(International Digital Publishing Forum)の母体となった団体です。

第一世代の読書端末

 しかし、2社ともシリコンバレーのベンチャー企業だったので資金的に行き詰まり、2002年に消滅しました。失敗の最大の要因は「シリコンバレーの思い上がり」だと思っています。1998年のコムデックスでオラクルのラリー・エリソン社長は「The Internet Changes Everything(インターネットはすべてを変える)」というタイトルで講演しており、パピルス4000年、紙2000年、グーテンベルグの印刷術550年の歴史など、またたく間に変えられるという自惚れがありました。

■2004~2005年 日本
 2004年1月29日、松下電器が見開き2画面のコレステリック液晶を使った「シグマブック」を発表しました。2カ月後の3月24日にはソニーがイーインク技術を使った「リブリエ」を発表し、そのニュースは世界中に配信されました。1998年のアメリカは無名のベンチャー企業だったのに対し、ソニーと松下という日本を代表する企業から「未来の紙」「電子の本」が出てきたことに世界が驚きました。
 アメリカで失敗したプロジェクトを、松下、ソニーが再スタートさせた理由を、私は以下のように分析しています。

 1. 電子辞書の成功
 日本固有のデバイスである電子辞書が成功し、辞書の次は書籍という発想がありました。
 2. 精密デジタル機器は日本のお家芸
 デジカメやプリンタなど、精密デジタル機器を作る技術で新しい市場を開発したいという思い。
 3. 中国の電子教科書
 固定電話のインフラがない中国で、政府の号令で携帯電話の世界に一気に入っていったのと同様に、製紙業が発達していないので、電子教科書そして電子書籍、読書端末が急速に普及するとの予測があり、大きな期待がありました。

ソニー:リブリエ

 しかし、両プロジェクトとも、2年も経ずに終息の方向に向かいました。失敗の理由は各社各様ですが、共通するのは「日本での販売」だと思います。DTPの波に乗り遅れ、書籍デジタルデータの供給量が少ない日本ではなく、DTP先進国の欧米で出荷していれば、事業が軌道に乗っていた可能性は高いです。

松下:シグマブック

■2006年以降
 2006年オランダ、フィリップス社から独立したiRex社が「iLiad」を発表し、新聞社向けの販売を開始しました。フランスの経済紙、一般紙、スポーツ紙などが採用しましたが、2010年iPadの登場で、このデバイスも消えてしまいました。
 2007年11月には、アマゾンが「Kindle」という読書端末を出荷しました。音楽のiPod に対して、iTunes Storeがあるのと同様、オンライン書店Amazonで販売される電子書籍のビュアー端末です。しかし、30年前にCDとしてデジタル化されていた音楽とは異なり、「紙面から画面へ」プロジェクトは、5年、10年かけて行うものなので、当初はデバイスの販売で苦戦していました。
 2008年7月11日、iPhone 3Gが全世界で発売されました。iPhoneは日本固有でガラパゴス化したケータイ文化を、アップルが世界に広げたもので、抜群の収益構造を持っています。iPhoneを読書端末と呼ぶには異論があると思いますが、ガラパゴスの一翼を担うケータイコミック文化を世界に輸出する仕組みとしては最適です。
 2012年には楽天Koboと凸版印刷系のBookLive!がイーインクを使い8000円前後の端末を販売しました。また2014年にはドイツでKindleに対抗した読書端末Tolinoが発売され、一時Kindleを凌ぐ数が出荷されました。
 現在、読書端末は細々と販売されています。これは専用ワープロがパソコン上の一太郎やWordの登場で消滅したのと同じで、スマートフォンやタブレット端末にアプリとして各電子書店のリーダーが載る方式が増えているためです。アマゾンもKindleではなく、液晶を使ったFireブランドのAndroidタブレットの販売を強化しています。読書端末と汎用タブレットデバイスとの差は、イーインクと液晶の重さの違い、つまり150gと300gの差となり、これが主因で読書端末は小さな市場を持ち続けています。

◎下川和男(しもかわかずお)イーストからJEPAに参加