34 「理想の図書館」としての電子図書館 ―電子図書館委員会の活動― (松田真美)

■長尾構想
 従来型の図書館では、本を借りるには図書館に出向かなければならないし、誰かがある本を借りている間は他の人は読めない。しかしネット時代の「電子図書館」においては、誰もがいつでもどこでも読みたい本にアクセスできる、と言う夢のようなサービスが実現し得る。長尾真氏は1994年に自著「電子図書館」で早くも「まったく新しい知的空間を創造するための電子図書館」のイメージを描いていた。そして、国会図書館(NDL)は1998年に「国立国会図書館電子図書館構想」を発表し、以降収蔵資料の電子化と配信・電子資料の収集に取り組み、「近代デジタルライブラリー」などのサービスを実現した。これらのサービスにおいては、原則として著作権が消滅した著作物のみが提供されたので、出版界との軋轢も生じなかった。
 しかし2007年に国立国会図書館長となった長尾氏が、2008年にいわゆる「長尾構想」を提言、2009年から2011年にかけて約127億円の補正予算により100万冊に及ぶNDLの収蔵資料がデジタル化されたことにより、出版界に大きな波紋が広がった。「長尾構想」とは、第三者が管理するサーバーにNDLのデジタル化された資料を置き、利用者が一定の料金を支払って閲覧し、料金は最終的には著作権者に支払われると言うもので、著作権が存続する出版物の配信に一歩踏み込んだ提案であった。長尾氏は著作権者の利益を担保するための「一定の料金」を「図書館に行くのに必要なバス賃程度」と表現し、この「バス賃」がパワーワードとなり出版界に物議を醸した。

■JEPA案
 2008年、同時に進行していた電子納本に関するNDLによる調査の受け皿として、電子図書館委員会が立ち上げられた。創立メンバーは、長谷川秀記(自由電子出版)、高野郁子(三省堂)、藤原正義(二玄社)、岡山将也(日立コンサルティング)、山岡功(大日本印刷)、三瓶徹(JEPA事務局長)で、後に金原俊(委員長、医学書院)、天谷幹夫(パピレス)、宇田川信生(紀伊国屋書店)、鈴木秀生(学研HD)、中山正樹(JEPAフェロー)、堀鉄彦(日経BP)、柳明生(イースト)の各氏および筆者が加わった(肩書き当時、敬称略)。
 JEPA自身も出版業界で電子書籍のデータベースを持つ構想を持っていたこともあり、NDLとのミーティングにおける話題は電子納本にとどまらず長尾構想の是非にも及んだ。議論はNDLの調査案件が一段落した後も続き、最終的には長尾構想へのカウンタープランがまとまった。そして2010年2月、このプランを「電子書籍配信構想に関する「日本電子出版協会案」」として長尾館長に提案した(https://www.jepa.or.jp/pressrelease/20100205/)。その骨子は下記の通りである。

 ・出版者がみずから発行・配信したい書籍については、出版者自身が電子配信を行う。
 ・出版者や著者が配信を許諾した書籍については、NDLが無償で配信する。この配信がスムーズに行われるよう、許諾の意思表明が簡便に行える仕組みを用意する。
 ・NDLの蔵書検索結果から、出版者サイトへのリンクを設け、日本の出版物へのアクセスルートを内外に提供する。

■電子図書館を進めるための環境
 この提案は、「出版社やプラットフォーマーがビジネスとして取り組んでこそ良いサービスが実現する」と言う、長年電子出版と格闘してきたJEPAのメンバーならではの実感に基づいていた。つまりは、長尾構想に対する異議申し立ては、電子図書館を実現する方法論に対してものだった。一方で、国民の知的財産へのアクセスを保障すべき公共図書館がその役割を果たす上において、電子図書館―僻地に居住していても、高齢あるいは身体に障害があり外出がままならなくても利用でき、視覚障害者に対しては読み上げのサービスが実現する―が優れていることについては、まったく異論は無かった。
 しかし、出版者が公共図書館における電子図書館ビジネスに前向きにならなければ事態は進行しない。そこで、出版者が前向きになるために必要な条件、環境とは何か?との検討を行い、その結果を2012年10月「公共図書館における電子図書館推進のための留意点」として発表した(https://www.jepa.or.jp/pressrelease/20121018/)。著作権処理、複写、ネット配信における認証、更には価格設定にまで及ぶ諸要件を具体的に列挙したものである。

■理想の図書館
 その後も電子図書館委員会は「電子図書館サービスをビジネスとして確立する」ことを目指し活動を行った。直近では「国立国会図書館による有償の電子書籍・電子雑誌等の収集と閲覧提供についての提案」をまとめ、2017年3月に発表した。これは「日本の文化的資産であるデジタル資料を永久に保管する機能と、国民の知る権利を担保する機能を分けて捉え、前者は出版者が義務として無償でNDLに納入するものとし、後者は出版者がNDLにサービスとして有償で提供する」と言うものである。金原前委員長は、医学の専門図書館向けの電子出版ビジネスを実現した実績を踏まえ、一貫してこの姿勢を堅持し委員会活動をリードしてきた。
 それとともに、電子図書館委員会が誇るべきことは、公共図書館の無料原則をこれもまた一貫して尊重してきたことである。電子図書館委員会の発足当初からの委員であり、2017年6月に急逝した故長谷川秀記氏は「図書館は無料か?」(情報管理No.43 Nov.2000に掲載)と題した電子図書館に関する一文にて、「(前略)したがって「図書館無料の原則」は見直されなくてはならないというわけだ。(中略)だからといって無条件に「無料の原則」を外して良いものだろうか?公共図書館が読書の習慣を育成するのに果たしてきた大きな役割を忘れるわけにはいかない。無料の図書館は次世代の読者の揺りかごだ。それ以上に子供や高齢者などの経済的弱者が無料で本を読めることの重要性がある。」と述べている。この一文を読み、氏が折に触れ独特の含羞のある表現で「無料原則の重要性」について述べていたこと、そしてそれが委員会の議論の方向性に影響を与えてきたことを再認識した。今後も、氏の遺志を引き継ぎ「理想の図書館」としての電子図書館の普及をサポートする活動を続けてまいりたい。

◎松田真美(まつだまみ)電子図書館委員会委員長。医学中央雑誌刊行会からJEPAに参加。