35 著作権法改定の経過と電子書籍 (村瀬拓男)

 この10年の著作権法改正は、主にデジタル・ネットワーク環境における著作物の利用を念頭に置いて、グレーゾーンとされてきた、検索エンジン、写り込み、サムネイルの利用などを、権利制限規定として明記する方向で行われてきた。これらも、電子出版において意味を持つ改正であるが、最も大きな改正は「出版権」規定の電子出版への適用であったと言える。

■平成26年著作権法改正の概要
 この改正では、実に80年ぶりに「出版権」規定の全面的な改正が行われた。その改正趣旨は「近年、デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、電子書籍が増加する一方、出版物が違法に複製され、インターネット上にアップロードされた海賊版被害が増加していることから、紙媒体による出版のみを対象としている現行の出版権制度を見直し、電子書籍に対応した出版権の整備を行う。」というものである。
 改正のポイントは、以下の3つとなる。

① 出版権の設定(第79条関係) 著作権者は、従来の紙媒体出版だけでなく、電子出版を行う者に対しても出版権の設定を行うことができるとすること。
② 出版権の内容(第80条関係) 出版権者は、契約内容に応じて、紙媒体についての複製権に加えて、パッケージ型電子出版物としての複製権、配信型電子出版での公衆送信権の全部又は一部を専有すること。
③ 出版の義務・消滅請求(第81条、第84条関連) 出版権者は、紙媒体出版と同様に電子出版においても出版義務及び継続出版義務を負うこと。

 端的に言えば、電子出版物と従来の紙媒体の出版物とを同列に扱うこととした、ということである。

■改正に至る経緯
 著作権法において、著作物を世に伝達する役割を果たす者については様々な位置づけがなされている。音楽に関しては、実演家の権利やレコード製作者の権利として、映像に関しては、放送事業者の権利や有線放送事業者の権利として、著作隣接権としての位置付けが行われている。また、映画の著作物については一定の場合に映画の製作者に著作権が帰属するものとされている(法29条)。音楽を録音したり、映像を放送したり、映画を製作したり、といった事実行為によって、当然に著作権法に基づく権利が付与されることになっているのである。
 一方、出版者については、著作権者による設定行為によって権利(出版権)が付与されるということになっている。これらの取扱の違いは、基本的に歴史的経緯に基づく。
 経緯に関する詳細は省略するが、旧著作権法の成立以降、出版界は「出版者の権利」の獲得を求める活動を継続してきた。今回の改正前の「出版権」規定も、そのような活動の成果として立法化された規定であると言える。もっとも出版界の多くが求めてきたのは、出版という事実行為に基づく権利の獲得であり、その意味で出版権規定は一種の妥協の産物であったと言える。
 その後も繰り返し、出版者の権利獲得への活動は行われてきたが、2009年2月のグーグル・ブックサーチ和解案法定通知及び、同年5月、国会図書館資料デジタル化予算に例年の100倍規模となる127億円が計上され1968年までに刊行された書籍および2000年までに刊行された雑誌がデジタル化されることになったこと、がきっかけとなり具体的な運動に発展していった。デジタル海賊版の被害も出始め、出版物の中味が容易に紙からデジタルに移し替えられる状況が明らかになったことによる。このような動きを受けて、2010年3月に、総務省、経済産業省、文部科学省(文化庁)の3省合同による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」が開催され、同年6月に報告書が公表された。この報告に基づき、3省では様々な事業・検討会がもたれ、特に文部科学省では「デジタル・ネットワーク社会における図書館と公共サービスの在り方」等とともに「出版者への権利付与に関する事項」が議論された。
 しかし、その後の議論がなかなか深まっていかないことに鑑み、上記3省懇談会の呼びかけ人の一人である、中川正春衆議院議員(3省懇談会設置時は文部科学省副大臣、後同省大臣)が中心となり、自民党および公明党の国会議員を含め、作家、出版社代表、有識者を加えた「出版文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会(通称:中川勉強会)」が立ち上げられた。
 その後、中川勉強会では、著作隣接権としての出版物に関する権利試案が作成されるに至ったが、2013年2月に日本経済団体連合会が「電子出版権」の新設を求める提言を行い、また中川勉強会も、同年4月に中山信弘教授を中心としてまとめられた「出版者の権利のあり方に関する提言」を同勉強会の提言として採用するに至った。この中山教授らによる提言は、これまでの出版権制度を拡張し、電子出版にも出版権が及ぶよう法改正を行うことを内容とするものであり、大筋で今回の法改正と同様の考え方を提示するものであった。
 これらの動きをうけて、文化審議会著作権分科会の下に設置された「出版関連小委員会」における議論が行われ、「2013年12月に、電子書籍に対応した出版権を創設することを提言する内容の報告書をまとめ、公表した。同報告書では、電子書籍に対応した出版権を整備すれば、出版者が権利者として独占的に電子配信することができるようになるほか、出版者自らインターネット上の海賊版に対し差止請求することができるようになるため、我が国の電子書籍市場の健全な発展と出版文化の進展に寄与することになるとしている。この結論を受けて行われたのが今回の法改正である。

図1:出版権規定の構造

図2:出版権制度でのデジタル海賊版対策

■出版権規定改正への評価
 出版という事実行為に基づく固有の権利を主張してきた出版界からすると、今回の改正は旧出版権と同様に妥協の産物ということになる。また、改正趣旨の中には海賊版対応が行える旨の説明があるが、大多数の海賊版サイトは国外にあり、その点での実効性には大いに疑問がある。
 また、紙の出版物と同じ規律を電子出版物に持ち込むことは、主要な支分権が異なることもあり、必ずしも実務とフィットしているわけではない。もっとも、出版権という利用権限の法定化は、出版契約のガイドラインとして機能するため、契約コストの低減化に寄与することが期待される。
 いずれにしても、使用可能なルールとして提示された以上、これらをどう使っていくのかは出版界で考えていくべきことであろう。

◎村瀬拓男(むらせたくお)弁護士。JEPA著作権入門セミナーで講師を務める。