電子出版のデスクトップ 5

人を見たら泥棒と思え

 「セキュリティ・ホール」という言葉が一人歩きをしている。話を聞いているとインターネットには恐ろしい魔物がたくさんいるようだ。
 ネットワーク出版を阻外している最大の問題もやはりセキュリティがないことらしい。果たしてそんなに問題なのだろうか?
 セキュリティ・ホールの反語は少々くだけた言い方をすれば「現ナマ」だろう。何といっても現金商売は一番だ。でも現ナマは果たしてセキュリティ上問題はないのだろうか?
 昔見た映画の中で出てきた現金のセキュリティ・ホールを紹介しよう。アメリカ映画だが手口が分かりやすいよう円建てで解説する。
 (1)まずお父さんがドラッグストアに入り、1万円札で千円くらいの買い物をして店から出る。
 (2)適当な間合いをあけて子どもが店に入り、千円札で100円の飴玉を買う。
 (3)しばらくすると子どもが泣きそうな顔をして店に戻る。「1万円出したのにお釣りが足りないの!!」
 (4)当然、出したお金が千円札か1万円札かで揉める。そうすると子供が主張する。
 「私の出した1万円札はお誕生日プレゼントでもらったの、おばあさんがお札に『メアリーへ』って書いてくれているわ!!」
 (5)レジの中を調べると確かに『メアリーヘ』と書かれた1万円札が出てくる。
 詐欺の仕組みは説明不要だろう。小額のつまらない詐欺の話だが、現金だってセキュリティーを破る工夫は簡単だという例だ。
 貨幣とか紙幣というものは「交換価値」を抽象的に表すとてつもなく「バーチャル」なものだ。したがって偽札作りは昔からなくなることはない。それでも価値の流通を促進するこの大発明が否定されたことはないのである。
 ネット上のバーチャルキャッシュなど、貨幣の発明に比べればとても小さな発明だ。現状の仕組みでも常識の範囲ではセキュリティーは守られるはずだ。もっともそれに挑戦する犯罪人がなくなることもないのが世の常ではある。
 さて出版社が心配するセキュリティの問題はお金のことではないらしい。コンテンツのコピーがガードされていないという問題だ。
 紙媒体でも万引き被害が年に数%も常態化しているが、こちらのほうは不思議に問題にならない。この程度は商売につきもののリスクのうちということであろうか。
 これがデジタルになりネット上でコンテンツのダウンロード販売をしたりしたらたいへんだ。1冊丸ごとコピーをして勝手に自分のサイトで配布する人が現れるに違いないということらしい。
 そんな人もたまには出てくるかもしれない。出てきたら思いっきり「コラー!!」と怒鳴って、二度とやらないよう懲らしめることが大切だ。大多数の人はそんな面倒なことはやらない。
 肝心なのはそこだ。大多数の人がやらないなら、その大多数の人に合わせたルールを作るのが「ルールを作るルール」だ。そしてそのルールを破った人には、破った人に適応するルール、つまり懲らしめるためのルールを別に用意することもまた必要だ。
 新しいシステムだから慎重に事を進めることに異論はない。とはいっても「人を見たら盗人と思え」と必要以上の防犯対策をすべての人に適用することは、大多数の人を犠牲にすることなる。書籍がバーチャルになり知の流通が促進されることと、少数者の犯罪の可能性を同列で論じてはならないと思う。
『情報管理』Vol.42 No.5 Aug. 1999 より転載

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