電子出版のデスクトップ 6

縦の物を横にする(1)

 日本人はたいへん奇妙な風習を持っている。文章を縦に書いたり横に書いたりすることだ。理系の専門書や雑誌などを中心に横書きも行われているが,現在流通している書籍のほとんどは縦書きである。しかし手でメモをとる場合に縦書きという人はまずいない。会社の文書もほぼ横書きになってきた。横書き文化が普及し始めていることはたしかだが,縦書きに対するこだわりはこれからも根強く残るだろうと思われる。
 コンピュータの世界は欧米文化が基準で作られてきたから横書きが当たり前であった。しかしコンピュータの性能向上のおかげで最近は縦書きも比較的簡単に実現できるようになり,最近では縦書き電子出版ビュアが大流行りである。
 私のような古い人間には,小説などは横書きで読むより縦書きで読む方がやはりしっくりくる。辞書や事典などが中心であった電子出版も小説やエッセイ,一般書と範囲を広げつつあり,縦書き需要は大きく膨らんでいる最中である。
 ところで紙の本では一旦縦書きで組んでしまえば本を横に寝せても,金づちで叩いても横書きにはならない。しかし電子出版では文章の実態は文字コードだから,縦にでも横にでも自由にその場で組み直せる。電子の本ではそういった自由度があることが大切だ。ひとつの電子本をボタンひとつで縦に組んだり横に組んだり自由自在に表示できるビュアが良いと思う。
 縦に組まれている小説を横にして読んでみると文章の表情が変わってなかなか興味深いものだ。でもこんな読み方は作者に失礼と怒られるかも知れない。
 失礼かどうかは別として本には縦書きと横書きの区別があると私も思っている。「小説なら縦書き」とか「コンピュータ・マニュアルは横書き」といった常識に従えというのではない。縦書きにするか横書きにするかは編集者にとってはもっとも基本的なそして大切な設定事項だ。
 数式や英文が多いといった内容による場合もあるし,読者層をどんな層に設定するかによる場合もある。たとえば縦書きのコンピュータ雑誌というものがある。この場合,縦書きという一般の人に馴染みのある体裁にすることで雑誌の雰囲気を気安くしているわけであり,縦組みはこの雑誌の最も重要な表現のひとつであるわけだ。
 したがって紙が電子に変わろうとも,ある本がそもそも横組を前提として作られたのか縦組を前提として作られたのかの別は当然なければいけない。読者のためにそれを考えるのが編集者の務めでもあろう。
 しかしそういった作り手のデフォルト値以外で読んでみることもなかなか興味深いし,そういった読者の勝手気ままな行動も許してもよいのではないかという話である。
 ということで,より積極的に『縦書き横書き変換可能文書』というものを構想してみた。「組み方向を違えるだけじゃないか,大げさなことことをいうなぁ」と思われる方もいるだろう。しかし,どうして縦書き横書き変換は一筋縄ではいかないのだ。たとえばこの文章,読点はカンマ「,」であるが,これをカンマのまま縦にすると相当おかしなことになる。
 『横の物を縦にもしない』とは「面倒くさがって何もしない。不精であることのたとえ。縦の物を横にもしない。」(広辞苑)とあるが,実は縦のものを横にしたり,横のものを縦にしたりするのはそんなに簡単ではない――という話は紙幅が尽きたので次号に続けたい。
『情報管理』Vol.42 No.6 Sept. 1999 より転載

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