電子出版のデスクトップ10

世界規模のおしゃべり


 先日、「21世紀の電子出版について」というパネルディスカッションの企画が舞い込んできた。実にやりづらい演題だ。来年はもうすでに21世紀だし、そこから100年も21世紀が続くわけだ。来年の話は相当確度を高くしなければならないし、100年後の話は夢物語にならざる得ない。これは難題である。
 21世紀云々はまだ良い、2000年はミレニアムだから、もっと大きく「次のミレニアムの…」という話もあっても良さそうである。しかしこんな大きく出たテーマはまだお目にかからない。しかしせっかくの1000年に一度の機会だ、この 1 年ゆっくりと1000年単位の思索にふけってみるのも良いだろう。1000年単位の思索といっても1000年後に人類が生き延びているかどうかも不確かだ。ということで今回は同じ1000年でも過去の話にした。
 電子出版に関しては「グーテンベルク以来の…」「紙に代わる…」「現代のパピルス」など歴史的な形容詞がいろいろ付いている。この形容詞すべてミレニアム単位の話なのである。
 まずは「グーテンベルク」。印刷や出版という産業は現代の産業の中ではたいへん古い産業なのだが,両者ともグーテンベルク以降の話。600年の歴史もない。ミレニアムの話題としてはいわば「昨年」に属する話だ。この程度の歴史なら変化は割とたやすいかも知れない。
 次に「紙に代わる…」という形容詞。「紙」は結構古い。紙を改良したといわれる蔡倫は2世紀初頭の人。紙は2000年の歴史を持っている。さすがである。「紙がなくなる」という形容詞は2ミレニアムの歴史的転回を意味することになる。わくわくする話だ。
 最後に「現代のパピルス」。この「パピルス」は紙よりも遥かに長い歴史を持っている。紀元前3000年頃,パピルスはすでにエジプトの主要輸出品であった。したがってパピルスが登場したのはそれ以前。一方使用されなくなったのは紀元後数百年代。パピルスの使用は4000年にもおよぶことになる。何と4ミレニアム使われた媒体である。「現代のパピルス」である電子出版が4ミレニアムの歴史を持てるかどうか?!何とも答えようのない話だ。
 ところで,言葉や文字の媒体として一番長い歴史を持つのは「石」だろう。石はパピルス登場以前から使われてきた。パピルスはすでに使われなくなってから長いが,石碑は現在でも造られている。最も古くから使われ,かつ現役の媒体,それが「石」なのである。
 ところが何故か電子出版には「石」という形容がつかない。「石に刻む」ことと電子出版はどうやら別物のようである。
 情報には生産・流通・保存という三つの側面がある。このうち保存という面で「石」にまさるものは滅多にない。それは今も昔も変りがない。しかし,ここ数千年,情報の歴史を動かしてきたのは情報の生産と流通の側面だ。パピルスも紙も情報に可搬性を与え,同時に情報生産の飛躍的な効率化を実現した。印刷術に至って情報生産は工業の域にまで達し,同時に大量複製という手法で情報流通にも革命的な拡大をもたらした。それが社会を変え歴史を変えてきた。
 電子出版もまた情報生産の革命的低コスト化と情報流通の革命的効率化を実現する道具だ。だから電子出版は「石に刻む」ことはない。むしろその対極にあれば良い。たとえて言えば「世界規模のおしゃべり」である。
 「世界規模のおしゃべり」の実現――これはパピルス4ミレニアムの歴史にも匹敵する大事業だ。おっと隣の鬼が「出版とおしゃべりを同一視するとは」と怒りだしてしまった。1000年に一度の世迷い言,お許しを。

『情報管理』Vol.42 No.10 Jan. 2000 より転載
(2000年正月号に載った原稿に少し手を入れて転載しました。)

BACKNewsletterのTopに戻る
Homeトップページに戻る