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四角四面

―日本語を読みやすくする(5)―


 八木節に曰く、「ちょいと出ました三角野郎が、四角四面のやぐらの上で」。「四角四面」とは「至極真面目なこと。極めてかたくるしいこと」(広辞苑)とある。
 前回、「日本語の文字は四角四面だから行間をとらないと縦に読んだら良いか横に読んだら良いか分からなくなる」と書いた。縦横がきちんと揃うように活字を組む、これを枡形組版という。これが日本語の基本的な組み方だ。
 本当に日本語は四角四面なのだろうか?漢籍=漢字の世界はどうやら四角四面のようである。古い中国の石碑とか経典とかを見ても完全な四角四面ではないものの、やはり文字を縦横揃った中に納めるという気持ちを感じることができる。写経を博物館などで見ると、1字1字を見事に同じピッチで配置しているのに驚く。
 一方で伝統的なかな文字の世界は自由自在。アンチ四角四面派である。「し」という文字は縦に延々数文字分も伸ばす。字の高さや大きさが異なるだけではない、連綿体といって文字をつなげてしまう。昔の文献で現在のような四角四面に納めたかな文字を探すことは困難だ。
 明治期において活字印刷という工業的な文字記述を導入する過程で連綿体は採用されず、現在の四角い枠におさまったかな文字が開発された。
 連綿体の活字を作るのは難しいという技術的な理由もあったであろう。文化的な側面では漢籍=公式文化と、かな文字=非公式文化という使い分けの中で公式文化が優先されたと見ることもできる。逆に公式文書における漢字かな混じり文の採用や言文一致運動なども絡んだ話とも考えられる。どちらにしても明治初期、文化の一大変革期の中で現在の枡形組版は生まれてきた。
 実は印刷の歴史を紐解くと連綿体の活字というものが登場する。江戸時代初期の芸術家、本阿弥光悦がデザインしたと言われる『嵯峨本』がそうである。この本は漢字かな混じり文を連綿体の活字で印刷している。連綿体は字と字が続いている。だから1字1字を分解して組合わせたのでは、きれいに組みあがらない。したがって続いている数文字をひとつの単位として活字に起こしたと言われている。
 嵯峨本は活字組版ではあるが四角四面な枡形組版ではない。同じかなでも使われる場所によってさまざま。文字が自由闊達に活き活きと組まれている。実に美しい。
 400年前の大先達の作ったあまりに美しい本を前に、枡形組版が日本語の基本的組み方だと述べるのは少々気が引ける。しかし話が昔に遡り過ぎである。私は続け字が読めないので連綿体の組版が読みやすいかどうか判断はできない。
 光悦本のような流暢さはないものの、明治以降の日本人が長い年月をかけて作り出した枡形組版という様式もなかなか捨てたものではない。現在の漢字かなまじり文を読むにはこの方式がもっとも向いていると思われる。少なくとも 100年以上に渡って日本語の組版は枡形組版がデフォルト値のはずなのである。
 ところがこのデフォルト値が Windows の登場以来おかしくなってきた、その結果、画面上の日本語が読みづらくなってしまったのだ。この話は次回にしたい。
 嵯峨本については国立国会図書館のデジタル貴重書展の古活字本のコーナーで見ることができる。ぜひ一度鑑賞していただきたい。
『情報管理』Vol.43 No.4 July. 2000 より転載

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