在宅勤務の夢

1997.07.01

小学館(当時)  鈴木 雄介

 売れない電子出版なのによくがんばっているよなぁ・・・などと一人になるととき どき自分を慰めています。CD-ROMは、なぜ当たらないか。きっと様々な原因がある のですが、そのうちの最大の理由は、パソコンの画面で本を読ませようという試み なのではないでしょうか。元々計算機としてスタートしたごっつい機械に、多少 違った能力があるという理由で、いつのまにか新しいメディアの役割を担わせてい る。こんな堅い奴にもともと柔らかい出版のコンテンツなどを再現させることに、 かなりの無理があるのでしょう。 
 「もっとしなやかなメディアよ、い出よ!」と寝る前には酔った頭で、愚痴ともつ かぬ呪文をブツブツと唱えているのですが、そうした夜の夢の中で現れるのは、決 まってリゾートの山の中から仕事のメールを送っていたりする自分です。時には ヨットの上だったりします。
 出版社の作る商品は自動車や家電製品と違って、重さのない空気のようなコンテン ツです。これこそまさにネットワークでどこへでもほぼ一瞬で届いてしまう夢の生 産物なのです。
 昔、週刊ポストにファックスが設置されてまもなくのこと。今でこそテレビに出た りして活躍している評論家のA先生。そのころは、まだ駆け出しだった彼が、ファッ クスの中へ、何度も同じ原稿を押し込んでいる。「いやー、いくら入れても戻っ てきてしまうんだよ」額にはうっすらと汗をかいていました。彼は紙の原稿がきっ と電話線の中をグリグリと通っていくのだと思っていたのです。同様に、私たちも ずっと出版を「本」という物品として認識していました。
 しかし、デジタル技術に支えられて、いまや、新しい「電子出版」(版を出すので はなくパブリッシングと言いたい)という商品の特性を生かすのはまさにネット ワークであります。従来の出版社の経営上の大きな悩みは、高額の印刷費や紙代。 本の返品や、それを保管する倉庫代。物流の費用や仕組み。多品種少量出版の非効 率。などなどであります。これらが、ネットワークで一挙に解決するのですから、 「夢の出版の時代が来た」と言ってもいいでしょう。
 出版社がコンテンツをまとめ、電子化する。これを読者に配信する。中間費用がな いだけ読者は安く本を手に入れられる。仕事のやり方だって変わります。自動車や 家電製品ではないのでわざわざみんなが工場に集まる必要がありません。
 仕事も自宅でやって、結果をネットワークで送ればいい。出版産業こそがいち早く 在宅勤務を実現できるのです。そうすれば、会社は机やスペースも半分で済み、都 心の高い土地代を半減できます。通勤定期代も出さなくていい。そのかわり在宅社 員の自宅の電話料金とパソコン機器は会社が保証する。勤務時間も自由、休日も働 こうが働くまいが自由。ヨットの上で仕事しててもよい。そのかわりもちろん残業 手当などはありません。満員電車、長距離通勤もなく、つきあい酒もなし。優秀な 女性の才能も、出産や育児で失われることがない。少しネオンが恋しくなったら、 週1~2回の「顔見せ打ち合わせ会議」に出てくればよい。いいこと尽くめではあ りませんか。
 東京へ出てこなくてもいいという「その日」のために売れない電子出版をがんばっ ている。気分としてはそう間違いではありません。早くしないと、その前に定年が きてしまいますけどね。