電子出版への片想い

2001.05.01

ソニー  井橋 孝夫

 業界を代表するJEPA理事の皆様から旬のメッセージをいただいておりましたこの コーナーは、順番が一巡したため42号にて終了致しましたが、再開のご要望が多く 第45号から再びお届けしています。

  -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 シンガポールに住んでいる姪夫婦が来宅すると、決まって近くの“ユニクロ”を訪ね、 抱えきれないほどのフリース等を携えて帰ってくる。コンピュータエンジニア出身の 中年太りの始まった米国人の亭主は、音楽はナプスターで交換するものと信じきって、 小生の顔を見るなり議論を吹きかけてくる。彼らにとって、量こそが重要で適当な 対価を払っても自分たちの文化を形成している。米国人のくせに料理を趣味とする 亭主は、日本食が特に気に入って拙宅で出す魚の煮物にも薀蓄をかたむけ、質の議論 を始め文化文明論に至ることが度々ある。一般に文明は点か線かで文化は体積である とも、文明は質であり文化は量であるとも言われている。CDの電子出版分野の応用 が始まったのが90年代の初めで、マルチメディアやインタラクティブ等の言葉は誰も 理解できないと、当時はひどく上司に怒られた記憶があるが、今ではインタラクティブ の権化の様な“親指族”が出現し、量の文化を形成している。
 今でもこのアナロジーが通用するかどうか不明だが、工業社会から知的情報社会 への急速な移行がブロードバンドネットワークにより達成されると予測される中で、 情報量の多いものは文化で、少ないものは文明だと言えるかも知れないと、一人で 悦に入っている。とすると、情報量の多い映画やゲームは文化で、情報量の少ない 出版データ、音楽は文明であるとも言えなくもない。即ち情報量の少ないもの程 質が高く、脳の中でクオリアを発生させ、読む人、聞く人をより感動させ想像力を 増加させ、刺激を与えてくれることになる。一方映画やゲームコンテンツは情報量 の大きさゆえ、一度見たら何度も繰り返すことは無くビジネスはボリュームは大き いが“水もの”になる。
 又例外はあるが、情報量の少ないもの程それ自体に付加価値をつけやすく、コレク ション性を高められる可能性がある。即ち光ディスクの最大の特徴である情報の大量 プレス性を生かした電子出版が、情報の質及び付加価値を高めていくことにより、 再び活性化し、量的な文化を形成する時代が近い将来到来すると予測している。 今こそネット社会とパッケージビジネスを共存させる知恵を出し合うべきと考えて いる。しかしコンテンツの質を高め、付加価値をつけることは非常な難問で、この 10年間は一部を除き失敗の連続といっても過言ではない。この失敗こそが重要で、 雑草のたくましさを身につけて、JEPA会員こそがそれぞれネット社会との共存 を模索する必要があると思う。いづれにせよコンピュータやネット技術の進歩が 引きずる影の部分に対するコンセンサス又は武装をした後で、質を追求すれば電子 出版は文化としての重要性がより加速され、ネット社会が到来すればする程パッケー ジビジネスが加速され、新たなビジネスモデルを構築できると確信している。 この様な状況を実現するための一助に微力がささげられれば望外の幸せである。