インターネット雑感

2001.12.01

三省堂  荒井 信之

1.はじめに 
 インターネットの成長にはめざましいものがある。すでに、電話、テレビにつぐ、 第3の通信インフラの地位を確立している。しかし、一方でインターネットビジネス の危機が叫ばれ始めている。この乖離はなぜ生み出されてきているのであろうか。 これまでの拙い経験を元に、一文述べてみたい。
2.インターネットと辞書検索
 三省堂では、1999年2月にiモードでの辞書検索サービスを開始した。また、同じ年 の8月には、ポータルサイト「goo」での辞書検索サービスをはじめ、2000年の7月には 「Yahoo!」でのサービスを開始した。この流れを受けて、2001年1月には、自社での 辞書検索サービス「三省堂 Web Dictionary」をスタートした。それぞれの辞書検索 サービスは、順調に推移し、アクセス数、会員数とも当初、私たちが予測したよりも 多くの支持を頂いた。しかしながら、詳細に見て行くと、それぞれのサービスの違いが 浮き彫りになる。気がついた点をいくつか列挙してみる。
1)iモードは、端末機の爆発的普及と相まって、アクセス数、会員数とも急速に 拡大をした。会員数の拡大は、端末機の普及によるところが大きいが、もう一つ は、課金の簡便性である。毎月の課金が電話料とともに行われることも大きい。 ユーザーにとっては、クレジット決済をしなくても、もしくは課金そのものを 意識しなくてもよいということは、非常に便利なことなのである。
2)「goo」の辞書検索サービスのように、無償で利用できるサービスは、人気が 高い。インターネットは、無料で利用できるという風潮が一般化し、ユーザーは、 無償で利用できるサイトを求め続けている。タダが一番ということである。
3)「三省堂 Web Dictionary」のように、個人のユーザーを対象とする有料コンテン ツについては、無償で提供するものに比べると、ハードルが高い。やはり、タダ にはかなわない。 これらを見てくると、「課金」「無償」「有料コンテンツ」というキーワードが、 インターネットを考える上で重要なポイントといえそうだ。
3.インターネットの問題点
 インターネットは、大変すばらしい通信インフラではあるが、商用に利用すると、 大きな問題がでてくる。インターネットは、さまざまな人々・団体が関わり、プロも 素人も関係なく、情報を発信し、また情報を受け取るという、ある種の無秩序が支配 している世界である。このような中で、商用の「我」を通すことが、はたして成立する かどうかは、もう少し、様子を見なければならない。 
 さらに、商用として利用するにあたっても、次のような点が問題となる。
 まず第1には、「課金」についてである。「課金」については、さまざまな試みが 行われているが、残念ながら横断的に使用できる課金システムがない。現状のクレジッ ト決済では、少額の決済が、非常にコストのかかるものとなり利用することができない。 弊社では、半年、1年の会員登録をお願いしている。「課金」については、iモードの ように、電話料金とともに引き落とされる方式がとれれば、有料コンテンツの購入が どれだけ便利になることか。「課金」の方法については、簡便なスタンダードが求め られている。その方向で動いて行かないと、インターネットビジネスは、かなり厳しい ものとなるであろう。
 2番目は、「無償」の問題である。インターネットは、無償で使えるという考えが 浸透している。たしかにインターネットのそもそもの出発点から考えると、商用として 使うものとは考えられてこなかった。また、商用利用にあたっても、広告収入に依存す る形で、無償でサービスを提供することが一般化している。しかし、日本の民放のよう に、CM収入によって経営を成り立たせることは、インターネットの世界では無理である。 なぜならば、テレビ、ラジオなどと違い、インターネットは、事業者だけの世界では ないからである。さらに付け加えれば、かぎられた数のなかでの競争ではないからで ある。無数といってよいほどのサイトがあり、一つ一つのパイは、たかだかが100万 人を集めているにすぎない。広告収入で成立するという考えをそろそろ脱却する必要が あるのではないだろうか。コンテンツは有償という考え方を、どれだけ浸透させて行く ことができるかが、今後のインターネットの成否を決めるような気がしてならない。
 3番目には、「有料コンテンツ」についてである。2番目と関連するが、インター ネットは、事業者だけの世界ではない。コンテンツでも、プロとはいえないが、プロ 顔負けのサイトを開いている人々もたくさんいる。書籍を移し替えただけのコンテンツ を「有料コンテンツ」ということでは、ユーザーは納得しない。「有料コンテンツ」は、 金を払ってでも使いたいもの、見たいものでなければならない。この点では、出版人は もう少し考え直す必要があるのかもしれない。そもそもインターネットは、出版とは 関係ない、理系の人たちの世界と思いすぎてきた。出版人が、書籍を作るように、イン ターネットの世界で魅力的なコンテンツを作り上げてきたら、その作品は、「有料コン テンツ」にふさわしい作品となってくる。もう少し、コンテンツ製作に力を入れる時期 に来ているのかもしれない。
4.これからのインターネットビジネス
 インターネットは、インフラとしてますます発展を遂げるであろう。商用ネットワーク としての価値も高まって行くものと思われる。簡便な書籍は、インターネット上だけで 発行される時代もそれほど遠くない。しかし、ビジネスとして成立させるためには、 やはりプロが作った優れた作品(コンテンツ)を提供して行くこと、もう一方は、受益 者負担の実現するための仕組みを共同して作り上げることだと考えている。出版人の 一人としては、自戒も込めて、さらに、ユーザーの立場に立ちながら優れたコンテンツ を提供して行きたいと思っている。