[閑話] ある書店にて

2009.04.01

トモどっとコム  梅津 幸一

 待ち合わせ時刻には、まだ時間があるようなので、近くに見える、こじんまりした書店に入る。
 店の入口で携帯端末をかざし、付属のイヤホンをセットする。
 新刊の音声案内が始まった。
 数日前に温泉についての書籍を購入したためか、旅行に関連した新刊について説明している。
 文芸書のコーナーに移動すると、音声が文芸書の新刊案内に変わる。
 好きな作家の本を手に取る。
 パラパラと中身を見ていると、「数年前に購入した本だ」と音声が知らせる。
 なるほど、ずいぶん昔に読んだ本だった。
 認知症が進んでいるのかと、苦笑いする。
 ごひいきの作家の本が、来月に出るといっている。
 中央近くに設置されている大画面の端末に近づき、前に立つと、ごひいきの新刊本が表示される。
 最終校らしき編集中の10数ページを、斜め読みする。
 面白そうなので、紙の書籍と電子本の両方を予約するボタンを押す。 これで、発刊と同時に電子本は読めるし、書籍は自宅に届けてくれる。
 趣味をかねてベランダで野菜を栽培しているが、、生育が良くないことを思い出した。 関連したコーナーを探す。
 2、3冊、手にするころ、イヤホンから 「お探しの本は○○では、ないですか」と、知らせてくれる。
 「上の段にある」というので目を移すと、薦めていた書名を見つけた。
 かいつまんで読んでみると、探し求めた内容の本だった。
 書籍にICタグがついて久しいが、以前には考えられないサービスが生まれ、進化し続けている。
 サービスが始まったころには、プライベートな情報が盗み見られているように感じていたが、サービスの充実により不安は払拭されてしまった。
 レジに向かう。
 「ポイントでお支払いですか」 と尋ねるので、うなづく。
 便利になっても、可愛い女子店員が笑顔でカバーを付け、袋に入れてくれることだけは変わってほしくないと願う。
 残りのポイント数が伝えられる。
 ずいぶん溜まっていた。
 今では、読み終えた書籍を購入して1か月以内に返送すると、半額がポイントとして還元されるようになった。
 保管しておきたい本もあるが、場所を取ってしまうだけの本も多い。
 伝え聞くところによると、中古本を再販する際、販売店と発行元の出版社、作家、流通の4社で売上を折半するシステムが、新たに確立されたそうだ。
 自宅のみならず、いつでも、どこでも必要な情報が手に入れられるようになったネット社会でも、編集長がこだわり抜いた書籍の市場は、再認識され急成長している。
 電子出版物の拡大と相まって、その激増した利益が紙の書籍に投入され、ますます素晴らしい本が増えている。
 かつて、ブログによる読書熱が、空前のブームを生んだ。
 読者層を取られると危惧されたブログであったが、やがて読者は、しっかり編集されたものを求めるようになった。
 出版不況と言われていた時代が、嘘のようである。
 本を受け取り出口に向かうと、ベストセラーを知らせる液晶ポスターが目に入る。
 第一位は、「電子出版クロニクル JEPAのあゆみ」。
 累計で、ミリオンセラーになっていた。
                                          [4月1日投稿]