出版に「ウインドウ戦略」を!

2010.11.01

旺文社  生駒大壱

 「電子書籍で紙はなくなる」「201X年には紙と電子が半々になる」などと、昨年末からiPadが発売された頃まで盛んに言われていた。最近は多少その辺のトーンも落ち着いて来た印象だ。このような紙と電子という二項対立で考えるのはそろそろお終いにした方がよいのではないかと思う。
 では、どういうパラダイムで考えていけばいいのか。映画の世界では一般的な市場戦略にウインドウ戦略という考え方がある。
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 ウインドウ戦略とは、コンテンツ(映画)を複数のウインドウ(メディア・市場)に利益が最大化になるように露出してゆく戦略で、映画館→ペイ・パー・ビュー→セルDVD→レンタルDVD→地上波TV放送などのように展開していく。今後は、出版の市場もこういう視点で考えるのがよいのではないかと思う。実際コミックの世界はキャラクタービジネスも含めてそういう考え方が浸透してきている。
 ウインドウ戦略では、劇場かDVDかという対立構造ではなく、どのウインドウにどの規模でどのタイミングで投入して行くかということが問題になる。映画と出版とで違うのは、複数のウインドウに展開するのに現状ではまだコストに見合って電子書籍の市場が大きくなっていないこと。発展途上ということだ。
 そこで、映画界が現在の大きなマルチウインドウを獲得したポイントは何かを考えてみた。まず第一に、DVDの規格が世界的に統一されたということが大きい。誰もが安心してカンタンに映画を自宅やオフィスで映画を見られるようになった。映画会社もひとつのフォーマットを用意すれば、DVDウインドウで収益をあげられるのだ。この観点から見ると、電子書籍市場が大きなウインドウになるには、統一された規格が大事だと思う。
 また、映画の世界では、DVDやペイパービュー(特に海外)の視聴がユーザーの利便性と相まって大いに支持されてきたことも大きい。出版の世界では、正直まだまだ電子デバイスで本を読むこと自体が受け入れられてはいない。現状は、まだデジタルが紙の代替としての位置づけになっているように感じる。デジタルならではの決定的な良さが生み出されていない。この位置づけで電子書籍市場がブレイクしてゆくのは、なかなか難しいと思う。劇場とDVDのような環境、利便性、購入形態などの違いをはっきりと打ち出せないかぎり、電子書籍のウインドウがさほど大きくなることはないのではないかと思う。
 どういう違いが消費者から求められているのかは正直まだわからないが、それは価格であったり、CD-ROM『新潮文庫の100冊』のような量のパッケージングであったり、DVDの特典映像の様なプレミアムだったり、音声付きの語学書のような機能だったり、いろいろな可能性がある。
 最後に忘れてはならないのは、紙とデジタルはユーザーが違うということ。映画館で見る人とDVDで見る人とTVで見る人は、基本的に違う人ということだ。新しいユーザーが新しいウインドウでオンされているイメージだ。おそらく紙とデジタルもそういう位置関係になっていく。その前提で価格や付加価値を考えてゆく必要があると思う。
 このようにウインドウ戦略の発想で、電子書籍をどうすべきかを考えて行くことで単なる紙の置き換えではなく、新しいウインドウが広がってゆくことに繋がるのではないだろうか。