校正者は電子書籍にどう関わるか

2011.05.01

岩波書店  桑原 正雄

 電子出版に関わりをもつようになってはいるが、私の所属は校正部である。おもしろいもので、どの出版社でも校正に携わる人には職人気質のところがあるのか、社の枠を超えてつながりが強い。毎年この時期に、各社の校正部・校閲部に所属する人が集まり、研究会と懇親会で意見を交している。今年も20社近くが集まり、さまざまなテーマで議論した。
 研究会のテーマとしては、常用漢字表の変更への対処や新しい校正者の育成などという具体的なものもあるが、編集者が原稿整理をきちんとしないことや刊行スケジュールがきついことへの不満なども毎年の話題となる。どこでも校正者の悩みは共通だと感じる。
 今回は遅まきながら、電子出版についても話題となった。このテーマでの私の関心は、いずれ電子書籍の検証を校正部ですることになるかもしれない、もしすでにそうしている出版社があれば、その実情を知りたい、ということだった。
 ところが話を聞いていると、校正という仕事は電子出版からもっとも遠いところにあるようで、実務として校正部が関わっている社はほとんどないようであった。いくつか電子出版を積極的に展開している出版社からは、むしろ校正とは関係ないところで、いろいろな苦労話を聞かせていただいた。電子書籍の検証はそれぞれ専門の部署でやっているところもあるのだろうが、会社全体として電子出版に取り組む、という出版社は、まだまだ少ないのかな、という印象を抱いた。懇親会の席でも、社として電子書籍は一切やっておりません、と話しているところもあった。
 わたしがもうひとつ知りたかったことは、電子書籍を手がけていく過程で、もともとの校正ルール(いわゆる組方原則)に変更の必要が生じてはいないか、あるとしたらどのような点か、ということである。残念ながら各社の校正部の実情からは、それについて参考となる意見は聞かれなかったので、いくつか問題提起をした。
 たとえば校正者によっては、版面の仕上がりに神経を注ぎ、細かな指定を入れて芸術的に版面を仕上げていく人もいる。それは紙に刷られたものとしては美しくても、リフロー型の電子書籍になったら意味がないのではないか。むしろ細かな手を加えることで、電子書籍化するときに余計な手間をかけていないか。
 私はTTS推進協議会のメンバーでもあるので、そこでの議論を参考までにご紹介した。たとえばルビについては、拗促音を使用しない出版社が多いが、音声読み上げソフトを利用するためには拗促音を使用してほしいこと。また一単語のルビは分割しないほうがよいことなど。いずれ各出版社にこうしたことが要請されるかもしれないとお伝えしておいた。
 いまはまだ、冊子体だけを念頭に置いておけばよいかもしれないが、いずれ電子書籍のマーケットが広がってきたときには、組版データを電子書籍化する(TTSも含めて)ときの手間をできるだけ少なくすることを考えなくてはいけないだろう。そのとき、現在の製作・校正のやり方も当然見直さなくてはならないと思う。そもそも、現在多くの出版社で採用している校正ルールの多くは、活版の制約のもとで作られてきたもので、いつのまにか私たちはそれがあたりまえのもの、あるいは美しいものと感じてしまうようになっている。しかし、活版時代のルールを電子書籍でいかに実現するか、ではなく、電子書籍で不自由なく読めるようにするために、校正ルールをどう変えていくかを考える時期に来ているのではないか、というのが、最近考えていることである。