たとえ補助金をもらっても電子出版はやりたくない

2012.10.01

自由電子出版  長谷川 秀記

◆経済産業省の「緊デジ(コンテンツ緊急電子化事業)」の集まりがよろしくないようだ。6万点のタイトルを集めようと始まった事業だが、9月28日時点で補助金達成率がなんと4.47パーセント! 基準を大幅に緩和して挽回を図っているようだが、まともな消化率を達成するのはほとんど絶望的だろう。
 日本の出版社はたとえ補助金をもらっても電子出版はやりたくない
 こういう結果なのだろうか。たぶん違うだろう。私の回りには電子出版に積極的な出版社が多いわけだが、この緊デジに積極的な出版社は皆無だ。
 そもそも電子出版のメリットは制作費が紙に比べて安いことにある。むしろ著者の許諾を得ることや、できあがった電子版のチェックなど、具体的な金額は算出できない手間のほうがたいへんな仕事なのだ。
 安い制作費を補助してもらって、それと引き替えに何年かは本が紐付きになる。こんなことにメリットを感じる人は(電子出版をやっていればいるほど)いないだろう。
 おまけに電子化は「緊デジ」指定の業者に出すことになる。出版社と印刷会社の関係はデリケートだから、おいそれと印刷会社を変えるようなまねも難しい。
 「売れそうもないし、費用がかかるけど電子化しておきたいものを出したらいいんじゃないか」なんて意見を言い出す人までいる。しかしそれでは電子出版の促進には何の意味もないだろう。読んでもらえてはじめて出版なのだ。
◆コンテンツに対して補助金を出すとか、流通が大変なので組織を作るという官の発想はこんな迷信に基づいているようだ。
 「電子出版にはお金がかかる」
 「電子出版物の取次がない」
 だから中小が多い日本の出版社では電子出版に取り組めない。
 この2つとも大嘘であることはこれを読んでいただいている方はご存知だろう。紙に比べて電子出版は格安であるし、すでに電子出版物の取次業務を行っている企業は数社ある。
 資金力的な面では中小や零細と大手との間で格差がないのが電子出版の世界なのだ。むしろ中小・零細、ひいては個人のほうが電子出版には向いているはずなのだ。
 しかし官主導の電子出版促進ではこの嘘がおおいに役立つようだ。だからコンテンツに補助金なのだろう。結果は上記の通りだ。
◆電子出版に取り組めないもうひとつの理由に「電子出版は難しい」というのがある。これも嘘である。ちゃんと学べば個人でもePub出版が可能だ。プロの出版社なのに「難しい」などと宣うのはいかがなものか。
 最初のふたつは単なる官の嘘だから無視しててもいいが、最後の「難しい云々」は出版社の資質として大問題なのだ。学べば良いだけなのだ。自分で学べないなら若い人に学ばせればよいだけだ。
 私は20年以上電子出版をやってきた。そして、その制作はできうる限り内部で行なってきたし、現在ではほとんど全行程が内部だけでできている。内製する理由は余り売れないからという費用的なこともあるが、電子出版は内部で行なってこそ意味があるからだ。データを他に頼らずすべて内部に蓄積する。これこそ大きな財産だ。
 資金力に余裕がある出版社ならともかく、出版はしたいが金がないという出版社にとって電子出版物の自製は強力な武器になる。この武器を持たなければ10年20年先の出版展望はたぶん得られないと思う。だから学び自分のものにすればいいだけだ。これにお金はほとんどかからない。必要なのは意欲だけだろう。
◆昔「聖パウロ女子修道会」がJEPAの会員社になったことがある。「修道会がなんでJEPAなんですか?」と失礼な質問をした。答えはこうである。
 「私たちは主の御言葉を伝えるのが使命です。伝えられるのであれば紙でも電子でも問わないのです」。
 長いことJEPAをやってきて、電子出版に対するこれほどストレートな意見を聞いたことがない。紙で出版するのが有効なら紙で、Webのホームページが有効ならWebで御言葉を伝える。同修道会は今もそうやって活動している。もうePubを出しているかも知れない。
 今年の夏、某大手出版社の代表が、「(補助金をもらっても)電子出版が立ち上がらないのなら、もう日本の電子出版はだめでしょう」という趣旨の発言をしていた。真意は不明だが唖然とする発言だ。
 それから数ヶ月、「緊デジ」のありさまを聞いて、同修道会の正々堂々とした回答を思い出した。出版もそうありたいものである。