新しき器には新しきコンテンツを

2013.02.01

パピレス  天谷 幹夫

端末・通信インフラの目覚ましい発展
 このキーパーソンズ・メッセージに書かせていただくのも今回が三回目になります。前回の寄稿は「次世代のコンテンツを作ろう」という表題で2006年7月号でした。この中で、紙に変わる新しい電子書籍端末をニューブックとして、その普及を発明の25年周期説に基づいて、8年後の2014年と予測していました。改めて読んでみますと昨今のスマフォやタブレットへの普及がまさしくそれに当たると思います。(2006年7月号のメッセージは、https://www.jepa.or.jp/news/keyperson.php?id=108 を参照ください。)
 これらの端末インフラの発展が電子書籍の普及を促しているといえます。パピレスが1995年に初めて電子書店を開始したときの読書端末は、重さが全部で5Kg以上もあるブラウン管ディスプレイとパソコン筐体とキーボードでした。その後、パソコンはノートブックが普及し軽量化されました。また、持ち歩きのできる端末で電子書籍が読めたら良いという考えで、2003年頃には重さが500g以下のザウルスなどの電子手帳や携帯電話向けに携帯書店パピレスを開始しました。さらにiPhoneなどのスマフォやiPadなどのタブレットが出現した2009年にはスマフォタブレット向け電子貸本Renta!を始めています。この間に端末の重さは1/10以下に軽減されたわけです。タブレットは今後ますます薄くなり、軽量化されてより最適な電子書籍端末に近づいて行くでしょう。
 端末だけでなくインターネットの普及の根幹である通信インフラの発展も電子書籍の普及の重要なインフラです。パピレスが始めた頃は、固定電話回線の速度が1200~3600 bpsでしたが、今では光回線で100Mbpsになり、無線回線でもLTEで75Mbpsが実現されています。実に10万倍近くの速度になっているわけです。
出版におけるインターネットの脅威
 ハードの発展はこのように急速な進歩を遂げましたが、そのインフラに載るコンテンツの世界はどうでしょうか。日本で商用プロバイダが1992年頃にインターネットを初めて約20年。この間に情報の流通形態も大きく変わりました。それまでの情報媒体といえば、新聞、雑誌、書籍の紙媒体とラジオ、テレビなどの電波媒体ですが、より詳細な情報伝達としては、3000年の歴史をもった紙媒体が動かざるものでした。しかし、インターネットを媒体とした情報の伝達形態はこれらを大きく覆そうとしています。
 見逃してはいけないのはコンテンツの世界もインターネットの発展とともに急速に変化しているということです。インターネットを通した情報の流通システムは、ブラウザを通して見るWEBページというシステムの中でのページデザインになっています。そこでは紙の媒体のように新書版、四六版と制約されたレイアウトではなく、縦スクロール、横スクロールといった自由な版型があり、かつ情報の遷移も紙のように次々とページをめくって行う平面的な遷移ではなく、文字をクリックするだけで次のページに遷移する立体的な遷移です。かつ検索を利用すれば、容易に次の参照画面に飛ぶことができ、紙よりも数10倍早く自分が必要とする情報にたどり着くことができます。さらに、WEBページはインタラクティブな文章構造だけでなく、音声や動画も含めて同時に伝達することができるので、新しいメディア形態と考えるべきでしょう。
 紙の出版物は情報系(新聞、雑誌、教育、実用、ビジネスなど)とエンンタメ系(小説、漫画、エッセイなど)に大きく分けられますが、このうち情報系は、WEBページがその役割を代行しつつあるのではないでしょうか。WEBには、ニュース、スポーツ、地図、不動産、旅行、美容、ファッション、辞書、事典など、ありとあらゆる有料、無料の情報サイトが出来上がっています。 出版界では、近頃の若い人は本(文字)を読まなくなったと言っていますが、実際にはWEBページを通して昔よりもはるかに多くの文字を読んでいるのではないでしょうか。今ではWEBそのものが新しい情報出版物になっていると考えれば、近年、新聞や雑誌などの紙出版物の売り上げがどんどん縮小している現状を理解することができます。
 長年、紙の専門的な出版を行ってきた編集者の中には、インターネット上の情報など信頼性が低く取るに足らないものと考える人がいるのも分かります。しかし、インターネット上の情報は紙の何万倍も多く、その情報の選別方法も、検索エンジンに代表されるビッグデータの解析手法が進むにつれ精度を増しているのも事実です。質の良し悪しは別としても、WEBページの作成は出版の編集行為と似ていて、当社も含めてIT業界ではWEBページの作成部署をWEB編集部と呼称しているところが多いのも事実です。
過去に引っ張られる電子出版
 それでは、どのような表現形態がインターネット出版の最適形態と言えるでしょうか。これは、未だ発展途中であり固まった形態はないと言えます。紙の出版の歴史は長く、人々は前の体制で築き上げたものを基にして考えようとします。WEBでは縦スクロールや横スクロールが自由であるにかかわらず、紙印刷の紙面をスキャニングして電子書籍を作り、一枚ずつ平面的にめくろうとしています。
 過去に手書き印刷から活版印刷に移り変わろうとした時にも同じことがありました。最初の写植活字は、手書き印刷の崩し字書体に似せようと、縦長や横長の不揃いの活字が使われました。このためせっかく活版印刷になったのにかかわらず、版組に時間がかかっていました。その後、活字が正方形に統一され製版の合理化が大幅になされました。
 現在の電子書籍の発展途上にも同じようなことが行われていると思います。大きな版型の紙の新聞紙面や雑誌の紙面を、そのまま縮小して小さなスマフォやタブレットで見せようとしたり、ディスプレイで見る電子書籍のビューアソフトに、紙をめくる感覚の画像を付けたり、紙のエッジ画像を重ねて紙の厚さのボリュームを出したり、例を挙げたら枚挙にいとまがないのが現状です。WEBのほとんどが横書きであるにもかかわらず、出版は縦書きでないと読みにくいと言い、独自のePub仕様を作らなければならないのも現在の日本の状況です。
新しき器には新しきコンテンツを
 人は過去の固定観念にとらわれながら、次を考えるものです。しかし、キリストの新約聖書マタイ伝9章に「新しい酒は新しい革袋に」とありますが、新しいインターネットのWEBというメディアの器には、新しいコンテンツがふさわしいと思います。
 過去のメディアの変遷においても、古き概念にこだわり続けると新しき変革に乗り遅れることが何度も起こっています。劇場演劇が盛んな1890年頃に、映画という新しいメディアが出てきたとき、それまでの演劇劇場や俳優は映画の芝居を「泥芝居」と蔑み、原作や役者の提供に非協力的でした。このため新興のグループが映画会社を作り新派俳優を使い映画を隆興させました。同じ映画会社がこんどは1950年頃テレビという新しいメディアが出てきたとき、テレビ映画を「電気紙芝居」と言って酷評し俳優の出演に制限を加え協力しませんでした。このためテレビ局は自分たちでホームドラマを作り、お茶の間に浸透させました。
 今、出版業界においても新しいWEB出版というメディアが出来上がってしまっていることを認識し、過去の轍を踏まないためにも、「新しき器には新しきコンテンツを」と先導を切って新しいコンテンツを生み出す役割を担って欲しいと思います。
 私どもパピレスも、現在は紙のページめくりの概念を受け継いだ電子書籍を中心に扱っていますが、今後、ネット社会に適応した新しい表現形態のコンテンツは何かを考えて行かねばと思っております。次世代のコンテンツについて考えたい出版人は、どうぞご連絡ください。ご協力させていただきます。