電子書籍のこと

2015.04.07

紀伊國屋書店  宇田川 信生

 いまJEPAで準備されている『JEPA検定教科書:電子図書館』のなかの「海外の状況」の章で、米国の公共図書館の電子書籍についてま とめさせていただきました。日ごろ電子書店の実務にどっぷり浸かっていて、ともすれば遠ざかりがちの海外ニュースや調査報告などに目を通しながら原稿を書きましたが、書きながら1980年代・90年代の欧米出版ビジネスの変化が、図書館の電子書籍においても日米の大きな違いとなって表れているように感じました。

 当時の欧米出版界はM&Aの嵐。インターネットなどほとんどなかったころで、海外駐在していた私は毎朝バスや電車の中で地元紙に大急ぎで目を通し、その方面の記事を見つけては手書きのファックスで本社へ報告するということを繰り返していました。弱肉強食の渦のなか、由緒はあるが経営は苦しい個性的な独立系出版社の多くが、「インプリント」としてかろうじて命脈を保ちながらも、大手メディアの資本系列に飲み込まれてゆき、MBAを持つビジネスマンが経営する「ふつうの大企業」に姿を変えてゆきました。しかし大きくふくれたそれらの出版社・グループが酷薄なコスト管理のもとにシステム投資を続け、電子書籍化に積極的に取りくんだこともまた事実です。

 いま「ビッグ・ファイブ」と称され、アマゾンとの熾烈な条件交渉で話題になる欧米出版グループは2013年、それまでの姿勢を大きく転換し、公共図書館への電子書籍の積極的な提供を始めました。転換の理由が実は私にはよく見えないのですが、少なくとも欧米大企業の意思決定の素早さ、方針の分かりやすさは感じます。
 2013年に1,000億円を突破した日本の電子書籍ですが売上規模はまだ米国の5分の一くらい。その内の7、8割をコミックが占めると云われ、文字もの中心の米国市場とは異なる様相です。日本としては今後文字もの電子書籍をいま以上に拡大し、図書館への提供にも積極的に取り組むことで欧米にはない独自の電子書籍市場を作れる可能性もあります。流通・資本・組織それぞれの構造に大きな課題を抱えている業界であることは明らかですが、その一隅に身を置く者としてひき続き活路を探ってゆきたいと思っています。