アナログとデジタル

2017.01.10

凸版印刷  田原 恭二

「おらおらおらおらィ、おゝけやま〜ぃと〜」

「おぅおぅおぅ、源さん源さんおい、ずんずん前へでなよ」

「お前んとこァいつだって縄ァたるんでるじゃねえかね」

「何も遠慮するこたァねえやね、ずんずん前へ出たらいいじゃね」

「お前ェが前へ出んのは、井戸替えがすんだ後で奴豆腐で酒ぇ飲むときだよ」

「いちばん先にでてくるじゃね」

「なにも構わねえからずんずん歩いとくれよ、そこをよ」

「おら、おゝけやま〜」

(落語『妾馬』井戸替えのシーンより)

 会社に入ってちょうど十年ぐらい経った三十代前半のころ、日本語をもっと深く味わいたいと落語を聴くようになった。そのころはいわゆる“大人買い”をするだけの経済的な余裕はなく、当時生協で扱っていた六代目圓生の落語のCDを、毎月の天引きで少しずつ買い集め、コツコツと全巻を揃えた。CD100枚以上にもおよぶこの圓生百席は、いまでも手元にあり大事にしているが、私にとって圧巻であり、昭和の名人の呼吸やぴりりと張り詰めた空気さえ感じとることができる、いまも聴くとゾクゾクする宝物だ。

 電子書籍なども含めてどのようなカタチであれコンテンツのひとつひとつは、咀嚼する人との関係性を持っている。相手が人間である以上、最終的に私たちの五感で感じ取れるアナログでインターフェースされ、味わい、記憶に残り、何かに気づき、行動の動機づけにさえなったりしているはずだ。いまはまだ確固たるイメージを持っていないのだが、このようなことを考えていると、将来のデジタル技術の中に存在すべきアナログ的なものの重要性と、そのバランスについてよく考えることがある。ここでいうアナログ的なものとは人間性と言い換えてもいいと思う。

 入社以来、文字や組版といった日本語の言語コミュニケーションに繋がる開発を中心に担当させていただいてきた。昨年は、2011年から約5年をかけて対応した自社のオリジナル書体のリニューアルが完了した。凸版文久体と名付けられたこの書体は、MORISAWA PASSPORTや最新のmacOSWebフォントであればFONTPLUSTypeSquareなどのサービスで利用することができるので、ぜひ使っていただきたい。この書体の開発の背景となった大きなテーマは、将来の印刷と表示用書体の方向性を見据えた「次世代を支える書体」を創ることだったが、先に述べたようなデジタルの中のアナログ的なものを強く意識し、そのようなエッセンスをタイプデザインの随所に散りばめることによって、私たちの日々の暮らしに溶け込む人間味溢れる書体に仕上がっていると思うのだがいかがだろうか。

 鳥よ鳥よ鳥たちよ♪ 2017年が明けて初詣帰りのラジオでは、杉田かおるさんの懐かしい唄が流れている。興味深いことに、近ごろまたAMラジオやレコード、カセットテープといったメディアが再評価され、ファンがじわじわ増えているようだ。これらは、情報技術を活用した利便性や合理性の発展とは別に、人間性の満足度が新たな価値として求められていく現れではないかと思う。もっとも最近のラジオなどはさらに進んでいて、インターネットからでも聴けるようになり、昔でいう“ハガキ職人”などに変わって、SNSと連携した番組とリスナーとの即時的なコミュニケーションなども取り入れられていて面白い。思うにこれからのコンテンツサービスは、圓生師匠のような臨場感溢れる名人芸やさまざまな作品が、染み入るように味わえる技術が求められるのではないだろうか。

「おらおらおらおらィ、おゝけやま〜ぃと〜」