本屋が電子書籍について考えること

2019.05.09

紀伊國屋書店  斧田 壮介

 私が紀伊國屋書店に入社したのは1981年(昭和56年)ですから、既に40年近い歳月が流れています。どうにか大学を卒業したものの、ロシア文学などという就職とまったく無縁の学科の専攻だったこともあり、まともな就職活動もせずに(できずに?)ぶらぶらとその日暮らしをしていた3月のある日のことです。たまたま見ていた朝日新聞の求人欄に「書店員求む!委細面談」の3×5㎝くらいの小さな求人広告を発見して、「本屋なら本も好きなだけ読めそうだし、働いてみるのも悪くないかな」というような、極めて安易な気持ちで応募してみました。簡単な筆記試験と数度の面接はあったものの、どういう訳か即採用ということになり、その年の4月から新宿本店の店頭での勤務を始めたのでした。そんな入社の事情だったこともあり、今でも会社に就職したというよりも、会社にどうにか拾って貰ったという感覚が強くあります。

 以来約40年、海外勤務の10年も含め各地を転々としましたが、ごく僅かな期間を除けば、私は基本的に書店の店頭で働いてきました。紙の本を売ることでずっとメシを食って来たと言えます。生来堪え性のない私が同じ会社で40年間働き続けてこられたのは、やはり本屋という仕事にそれなりの楽しさとやりがいを見出せたからだと思っています。本屋で働いているうちにいつのまにか抱くようになった「たかが本屋、されど本屋の気概を持って働こう」という気持ちは、今でもまだ私の胸の奥に残っています。

 さて、そんな紙の本の世界にどっぷり浸かっていた私が、1年程前に突然電子書籍の関連部署の担当責任者ということになりました。これはまったく予想外のことで、電子書籍についてはほとんど門外漢、右も左も分からない知識ゼロ状態からの出発でした。そこで、まずは「習うより慣れよ!」ということで、その日から当面は紙の本を読むことを止めて、それまでほとんど経験の無かった電子書籍での読書に全面的に切り替えることにしました。ともかく自分で徹底的に使ってみることで、電子書籍の良さも問題点も明確に見えてくるのではないかと思ったからです。

 電子書籍を使い始めてみると、正直なところ予想以上に使い勝手が良いというのが実感でした。初めは専用端末やタブレットも使っていましたが、結局今ではほとんどスマートフォンで電子書籍を読んでいます。通勤電車の中での読書が中心という私にとって、専用端末やタブレットを持ち歩くのは物理的にも大変ですし、読書の為にわざわざ端末を持ち歩くというその「わざわざ感」が嫌で、最終的にはスマートフォンでの読書という形に落ち着いています。ポケットにスマートフォン1台入れておけば、いつでもどこでも好きな時に読書が始められるというのは本当に素晴らしいことです。

 また、いつでもどこにいても本を買うことができるという点も電子書籍の大きな利点だと思います。紙の本の場合、通勤の途中や深夜の読書中に上巻を読み終えてしまって、続きの下巻がすぐに読みたいのに読めない!という経験を誰でも持っているのではないでしょうか。その点、電子書籍ならいつでもどこにいても下巻を買ってすぐに続きを読むことができます。そして、品切れも無い!

 活字の大きさを自由に変えられる、画面の明るさや色調も変更可能、文章中の言葉の検索も端末内でできる…等々、その他にも電子書籍の良さはまだまだ沢山あります。それでも、私と同世代(50代~60代)の人達に聞いてみると、依然として電子書籍には抵抗感が根強いようです。この文章をお読みいただいているJEPAの関係者の皆さんは当然のことながら電子書籍に精通され、日々活用されている方ばかりだと思います。しかし、ごく一般的なこの世代の人達は、やっぱり本は「ちゃんと」紙の本で読まなくてはという人がほとんどです。まだまだ電子書籍のハードルは高いと言わざるを得ません。この電子書籍への抵抗感は所謂「食わず嫌い」で、まったく電子書籍体験の無いまま、ただ何となく敬遠しているように思えてなりません。

 電子書籍の普及ということを考える場合、元々活字を読むことの好きなこの世代へのアプローチが重要ではないかと考えています。売上の8割がコミックというのが、現在の日本の電子書籍市場ですが、これは逆に「文字もの」にはまだまだ伸びる余地があるのだと考えたいと思います。私と同世代の普通の当たり前の本好きの人達に、どうにかして電子書籍の良さを体感して貰う方法はないものかと考えながら、電子書籍を商う本屋としての仕事に日々取り組んでいます。