既刊書の電子化と著作権

2013.03.01

翔泳社  清水 隆

■Googleブックス訴訟に見た企業の意思
 JEPA著作権委員会では、2009年4月に『Googleブック検索の和解がもたらすもの』と題した「緊急セミナー」を開催している(サービス名が変わったため、現在では「Googleブックス訴訟」と呼ばれる)。この時には、100名規模の会場に約140名が参加した。当時、この問題が大きな注目を集めていたことをものがたる数字である。なぜだろうか? 背景を簡単にまとめてみると次のようになる。
(1) Googleは、「図書館プロジェクト」として、図書館と契約を結んでその蔵書を電子化し、書籍の全文検索サービスに利用した。
(2) 米国の出版社団体、作家団体は、それを著作権法に違反するとしてGoogleを提訴した。
(3) 米国での訴訟は2008年10月に、権利者に対して補償金支払うことと、Googleのサービスに参加した場合は一定の支払いをするという内容で和解した。
(4) Googleは、和解内容が著作権の国際条約であるベルヌ条約によって条約加盟国に適用されるとして、日本では2009年2月に新聞広告を掲載した。和解内容を告知するとともに、オプトアウトしなければ和解内容が適用されるというものだった。
 日本の出版社や権利者にとって、(3)までは海の向こうの話で、関心を持って語られることは少なかっただろう。なぜ、(4)のような展開になったのか。これには、米国のクラスアクション(集団代表訴訟)という制度と、ベルヌ条約を最大限に解釈してグローバルにコンテンツ利用の網をかけてしまおうというGoogleの思惑があったのだと思う。
 「緊急セミナー」で講演した松田弁護士も、新聞広告を見たときに「これは一体なんだ!」と思ったという。クラスアクションとベルヌ条約を適用するという、日本の著作権法の枠外から飛び込んできた問題であった。日本や欧州をはじめとする出版社、権利者の多くは告知に反発し、その後、和解や訴訟は基本的に海の向こうの話にもどった。
 当時、「黒船」にたとえられたこの問題は、巨額の和解金を要してもコンテンツをグローバル展開するという企業の意思によって、日本の出版社や権利者にとってもすでに自らのコンテンツが電子化されている(かも知れない)という切迫感をもらたした。
 とくに、和解からの離脱を表明しなければ、和解内容が適用されてしまう「オプトアウト」という方法の提示は、電子化は先の問題と考えていた出版社や権利者にとって、電子化は「いま、そこにある」問題であることを突きつけたのだろう。このときの切迫感は、その後の電子出版の動きに対して大きな影響を与えたように思う。
■電子化を進めるために権利クリアのガイドラインが必要
 「コンテンツの利用には、権利のクリアが必要だ」という基本的なスタンスがある。それに沿って、既刊の紙の書籍などを著者の了解を得て電子化することは多くの出版社が行っている。しかし、コンテンツには著者だけでなく、写真、図版、参考資料など、権利者がいると思われる多くの「著作物」が含まれている場合がある。すべての「著作物」の権利をクリアするにはたいへんな労力が必要になるし、権利者が不明なもの、連絡先が不明なものが多く発生することになる。この問題を解決しなければ電子化はなかなか進まない。
 また、著作性は認められても、公開されている目的を考えると利用してもいいのではないかと思えるもの(たとえば、製品のリリース文や写真、書籍の書影)もある。権利関係が不明な場合、使用許諾を求めると、根拠はともかく権利を主張する向きも少なくない。
 訴訟や和解金の支払いも辞さないという、Googleの例は極端だとしても、電子化にあたってはそれを行う側の意思が大きく影響する。コンテンツの著者の権利クリアは当然としても、付随する「著作物」をどう扱うか、何らかのガイドラインがないと電子化は進めにくくなる。JEPA著作権委員会では、今年はこの問題に取り組むことができればと思う。