キーワード設定の現場から(18)

縦横ジグザグ

 現代日本人は文字を縦に書くのか横に書くのかが今回のテーマ。この雑誌もそうだが数式やアルファベットが頻出する書籍、雑誌などでは横書きの出版物も多い。でも全体から見るとこれは少数派で新聞から始まり雑誌、書籍に至るまで、こと印刷物では縦書きが圧倒的だ。
 ところが不思議なことにメモやノートをとる場合に縦書きという人はまずいない。みんな横に文字を書く。書くときは横、読むときは縦という習慣はとても不思議だ。
 でもこの不思議文化はそんなに古いものではない。大福帳というものを御存知だろうか。和紙を横長に厚く綴じた帳面で、商店で使われた金銭出納帳である。取引きの記帳であるから当然数字を書くわけだが墨で漢数字を縦書きに記帳する。
 この大福帳、戦後しばらくの間までは実際に使われていた。店の奥で大福帳をめくりながら算盤に数字を入れ、筆ですらすらと合計などを記帳していたおやじさんを見かけたものだ。金銭出納簿を縦書き漢数字でそれも筆で書くなど今では信じられない話だが、決して江戸時代の話ではない、ほんの少し前の話だ。
 日本語における横書きは寺院の山門などの額にも見ることができる。この場合は右から左に文字を書く。この右から左の横書きは戦前の建物や本の題名などでもよく見ることができる。
 すると横書き文化、それも左から右の横書きが当たり前になったのはここ数十年の話のようである。アルファベットやアラビア数字の頻度の増加がこんな書式の変化を生んでいるのだろう。
 ところでお隣の中国だが、本来は日本と同じ縦書き文化の国だ。ところが面白いことに中国の新聞や出版物で縦書きのものにお目にかかったことがない。子細に調べたわけではないので中には縦書きの出版物もあるのかもしれぬが、通常は横書きといって良いだろう。これは同じ漢字圏の人間としてたいへん興味深い現象だ。
 同じ横書きでもアラビア語になると右から左に流れる。これだけなら方向が変わっただけだが、アラビア語の中にアラビア数字が混じった場合にはその部分だけは左から右へ書くのだという。アラビア数字はアラビア語と相性が良いとは言えないという変な話である。
 歴史を遡れば古いギリシャ語のように左から右に書いていき、紙の端で折り返したら今度は右から左へ往復するという牛耕式と呼ばれるジグザグ書式まである。これは腕の動きが最小だし結構合理的かもしれない。
 有名なエジプト古代文字ヒエログリフ。縦書き横書き可、横書きは右から左から両方可、縦書きの時の行の配置も左右方向どちらも可というフレキシブルな言葉である。使われている絵文字の顔の向きが読む方向を示すのだそうだ。
 こうやって見てくるとなかなか興味が尽きないが、行数も限られているので現代日本語に戻ろう。電子出版の登場つまりディスプレイでものを読み書きする時代に入り状況は大きく変化した。ことディスプレイの世界ではごく一部のものを除き横書きが圧倒的である。縦書きができることを売り物にしているソフトもあるが、文学作品は別として、ディスプレイの横書きに日本人は違和感を感じないようだ。新しい筆記具の登場は常に文字文化を変化させてきた。電子の筆記具も確実に文字文化を変化させている。
 ところで、縦横問題と検索キーワードに何の関連があるのか疑問がおありかと思う。行数が尽きたので種明かしは次号までお預けである。

『情報管理』Vol.41 No.8 Nov. 1998 より転載


キーワード設定の現場から  目次 ←前回 次回→

BACKNewsletterのTopに戻る
Homeトップページに戻る