長尾構想

2017.03.10

長尾構想とは

 「長尾構想」とは、2008年4月の日本出版学会の講演で国立国会図書館(以下、NDL)元・長尾館長が私案として発表した電子図書館構想。NDLが収集・電子化した蔵書を公開し、最寄りの図書館へ行く交通費(バス賃)程度で借りられるようにして、その料金を出版社や著者に支払うというもの。料金の徴収および著者と出版社への還元は、電子出版物流通センター(仮称)と名付けたNPO法人が行うことで、図書館の無料原則にも反せず、出版社の利益も損なわないという趣旨だったが、「バス賃程度」といった言葉が独り歩きするなど、大きな反響を呼んだ。

 

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 「文化財の蓄積及びその利用に資するため」に我が国の出版物を網羅的に収集し、保存する役割を担う図書館であるNDLは、これまでの印刷物中心の時代と同様に、文化を保存し、継承する社会的な機関としての役割を果たすべく、様々な電子図書館事業の取り組みを行っている。その延長として、デジタル化した資料を利用に資するための私案として公開されたのが長尾構想である。

 公開当時、あらゆる蔵書をスキャンしてテキストデータを作成し、書籍の全文検索を提供するというGoogle Book Search(現在のGoogleブックス)の試みに対して出版業界が危機感を抱いていた背景もあり、様々な議論をよんだ。

 

長尾構想の主旨

 2015年3月3日JEPAセミナー「長尾 真 前国会図書館長に聞く」において長尾氏は、「図書館は知の集積と利用(アクセス)を保障する機関」であり、デジタルの時代において、「知の拡大・創造に繋がるようするためには電子図書館を充実すべき」である。そのためには、「図書館と出版界とが協調的に発展するための方策を検討することが大切である」と語った。

 また、全ての電子出版物へのアクセスと長期保存を保障するためにも、「電子出版物の集中的な収集と管理、アクセスを保障するアーカイブが必要」であり、「このアーカイブにアクセスすれば過去のすべての出版物を参照することができることが重要」という。Googleのような一企業に世界中の出版物が集中することは望ましくなく、日本においてはNDLこそが、この役目を果たすべきという内容であった。

 長尾構想における電子出版物の具体的な利用方法は、以下のように提案されている。

  • 1. NDLのデジタル資料を各地の公共図書館に貸し出し、無料で館内閲覧に提供する。データ量に応じて利用料を決め、出版社や著作権者に適切な割合で還元する。
  • 2. NDLから利用者に貸し出しを行う。利用料は、自宅から地域の図書館に行く交通費程度に設定し、出版社や著作権者に還元する。
  • 3. NDLのデータベースに日本中の出版物が保存されるため、出版社が販売を行う場合はこれを利用すれば良い。出版社はNDLのDBに出版物を預け、これを経由して利用者に提供、料金は出版社へ支払う。こうすれば各出版社がディジタルアーカイブを維持する必要が無くなる。

 2、3の貸し出し・販売は、非営利の第三者機関である電子出版物流通センター(仮称)を設立し、ここが担うことで図書館利用の無料原則を維持したまま、商業配信を圧迫することなく、電子出版物へのアクセスを提供できる、という考え方である。

 

長尾構想に対する意見

 このような構想に対して、出版業界からは民業圧迫との批判や、図書館利用の無料原則に反するなど、様々な意見が出された。

 2010年2月5日、JEPAでは、長尾構想に対して「日本電子出版協会案」を提案した。この提案は、「国立国会図書館が所蔵する大量の書籍等を、出版者自らが商業的に扱いたいものと、そうでないものに区別」し、前者は出版者、後者はNDLが、「各々の責任とその役割に関する社会的通念の下で、各々が配信」を行うことで、長年にわたる図書館と出版者の役割分担を、電子の時代においても踏襲することを基本としている。

 

NDLの取り組み

 NDLの電子図書館の取り組みは、「電子図書館事業の概要」でその全体を知ることができる。長尾構想との関連でいえば、2012年6月の著作権法改正において、絶版本に限り、図書館に対してデジタルデータを送信し、一定範囲のプリントアウトを利用者に提供することが認められた。送信可能な対象は、図書館向けデジタル化資料送信サービスに参加している784館(2017年3月現在)である。

 また、同じ2012年6月の国立国会図書館法一部改正により、納本制度に準じて、私人が出版するオンライン資料で、無償のものについてはNDLへ送信することが義務付けられたことで、「電子出版物の集中的な収集と管理」についても長尾構想の一部が実現されたといえる。(有償またはDRMが付されたものについては当面対象外。)

 NDLの電子図書館の取り組みは、少しずつ長尾構想に近づいているかのように見えるが、出版社、著作権者との協議や合意形成、適切な利用料が支払われる仕組み作りなど、多くの課題が残されている。

 

 

[柳 明生 イースト株式会社 20170306]