キーワード設定の現場から(9)

AV

 『現代用語の基礎知識』(自由国民社刊)という新語事典は1948年に創刊されている。その創刊号を眺めていて「進駐軍関係略語」という時代を感じさせる章を発見した。
 日本の言語生活の中に英字の略語が進出してきたのはこの進駐軍と一緒だったようである。GHQ、GI、MP……略語の洪水ともいえる状況だ。進駐軍はいなくなったが当時現れた略語は今も生き残っている。「PTA」ということばも当時は学校民主化の旗印だった。
 ところでこの英字略語は“同表記同音異義語”(?!)の宝庫である。
 “同音異義語”は読みが同じで意味が異なる、ワープロのかな漢字変換でお馴染み、通例は漢字表記が異なる。
 “同表記異音語”というケースもある。「今日」は「きょう」「こんにち」、「日本」は「にほん」「にっぽん」「ひのもと」と読み分けられる。この例では“同表記異音”でも同義語ないし類義語だが、「神田」を「かんだ」と「しんでん」と読み分けると別の意味になる。“同表記異音異義語”とでも分類するのだろうか。
 さて英字略語の世界に登場する“同表記同音異義語”は表記も読みも同じだが意味が異なるからこれはとても始末が悪い。
 「CD」と『情報管理』誌上で書け普通はコンパクトディスク(
Compact Disc)のこと。CD−ROMなどCDの付く略語がたくさん製造された。しかし、銀行関係で「CD」というとキャッシュディスペンサー(Cash Dispenser)という意味か、譲渡性預金(Negotiable Certificate of Deposit)という意味で使われる。
 まだまだある軍縮会議は「CD」(
Conference on Disarmament)と略されるらしいし、小文字で「cd」と書くと明るさの単位カンデラになる。
 さて、キャッシュディスペンサーをCDというと紛らわしいので「ATM」(
Automatic Teller Machine 自動現金引出し預け入れ装置)と称するのが最近の傾向だが、この「ATM」がまた曲者だ。この雑誌で「ATM」と言えば非同期通信モード(Asynchronous Transfer Mode)という伝送技術だろうし、株屋さんの世界ではオプション取引関連用語でATM(At The Money)と称する語が登場する。
 この手の例は枚挙にいとまがない。「LD」はレザーディスク(
Laser Disc)と学習障害(Learning Disabilities)、「FA」もフリーエージェント(Free Agent)とファクトリーオートメイション(Factory Automation)、「JAS」は日本農林規格(Japanese Agricultural Standard)と日本エアーシステム(Japan Air System)、「AV」はオーディオ&ビジュアル(Audio & Visual)でもありアダルトビデオ(Adult Video)でもある。
 検索キーワード設定の現場で困るのは、「AV」という検索語で「アダルトビデオ」と「オーディオ&ビジュアル」の両方が引けるてしまうことではない。これは仕方がないだろう。
 しかし、「オーディオ&ビジュアル」ということばで「アダルトビデオ」が引けてしまうとなるとこれは問題だ。
 検索キーワードをシソーラス的に自動展開するとこんな間違いが起こる。つまり、「AV」の同義語として「オーディオ&ビジュアル」が登録されていたとすると、「アダルトビデオ/AV」の項目も同じ「AV」だからというので見境なく「オーディオ&ビジュアル」のキーワードを付加してしまうわけだ。人間の後チェックが大切だが見逃してしまうと品性を疑われるはめになる。南無三。

『情報管理』Vol.40 No.11 Feb.1998 より転載


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