キーワード設定の現場から(8)

棒の手紙

 このコラムでは検索キーワード設定者の愚痴を書き続けてきた。愚痴のほとんどはことばの揺れに起因する。ことばの揺れというとすぐに「どちらが正しいのですか?」という問いが返ってくる。でも、ことばの揺れはことばの変遷の問題で「正しい」「誤り」という概念は似合わない。ことばは日々創造されていくものだ。
 新しい年を迎えた今回は新しいことばの創造という話題をいくつか紹介したい。ただしことばの起こりはたいていの場合定かではない。以下の3つもあくまで説である。
棒の手紙
 最近「棒の手紙」の流行が問題になっているという。「棒の手紙」とは何か?木の棒が送られてくるわけではなく普通の手紙だ。その手紙には以下のようなことが書いてあるらしい。

「28人の棒をお返しします。
 これは棒の手紙といって知らない人から私の所に来た死神です。あなたの所で止めると……」

 ここまで読めば昔からある「不幸の手紙」の類と推察できる。乱暴に書かれた横書きの「不幸」の字が「棒」と変化したものといわれる。
 受け取った人は「棒」と書いてある以上、「不幸」と訂正することはできないだろう。したがって「棒の手紙」は日々再生産されていく。
 蛇足だが「不幸の手紙」を間違えて「棒の手紙」として送った人が不幸になったかどうかは残念ながら分かってはいない。

 永井荷風の『東奇譚』は隅田川の北東に広がる玉ノ井周辺の物語だ。このという字は江戸後期の儒学者、林述斎の創作になる字であるといわれている。
 隅田川は墨田川とも書く。この墨という字に川を表すさんずいを付け1字で隅田川のことを表すウィットだ。漢字の作者が分かっているのも珍しいが、特定の地名のための漢字というのも珍しい。
 使われなくなっていたこのという字を引っ張り出し、玉ノ井周辺に「東」命名したのは荷風自身である。
 ところで「隅田川」を「墨田川」と書くのも美しい。ちなみにこの小説の舞台となった隅田川沿いの区は田区であり、「隅」ではない。
プラスアルファ
 試しにお手元の和英辞典でプラスアルファというカタカナ語を引いて見ていただきたい。英語にはプラスアルファということばはない。これは和製英語だといわれている。
 ある説によると、野球のスコアボードのXという字をギリシア語のαと間違えたのが起こりだという。ギリシア語が出てくる辺り学のある方の間違いであろうが、Xよりはαのほうが意味深な響きがあるのは面白い。

 故意か間違いかの別はあるが「棒の手紙」「」「プラスアルファ」どれも突然変異のことばである。仮に「棒の手紙」を続ける人がいなければ、『東綺譚』が売れなかったら、「プラスアルファ」といういいかたが流行らなければこれらのことばは消えていっただろう。

 ことばは実に民主主義的な原理で変化していくものなのだ。

『情報管理』Vol.40 No.10 Jan.1998 より転載


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