キーワード設定の現場から(16)

フイルムとフィルム

 前号で小さなかな「ァィゥェォ」は外来語の音を作ると書いた。ご存知のように外来語の表記は混乱が大きい。だから「ァィゥェォ」入りのことばは検索キーワードの設定者としては要注意なのである。
 「外来語の氾濫が云々」の批判は別として、ここ数十年で日本人が外来語に極端に強くなったことは事実だろう。その結果旧来の日本語にはなかった新しい外来の音も認識できるようになった。それがいろいろな表記の揺れを生んでいる。今回はそのうち「ィ」入りの外来語の話だ。
 名古屋の新幹線ホームから「名古屋ビルヂング」という大きなビルの看板を見たことがある。昨今の人にはちょっと目を引く表記だが、戦前に建ったビルの名前では「ビルヂング」は一般的な名称のように記憶している。
 今でこそ「ティディ」入りの外来語はたいへん多いが、ちょいと前まで「ティディ」は「チヂジ」とか「テデ」に置き換えていたようだ。
 こんな具合だ。ディーゼルエンジン→ジーゼルエンジン、キャンディー→キャンデー、スティール→スチール、エティケット→エチケット、スティッキ→ステッキ。
 上の例のうち「スチール」や「エチケット」「ステッキ」などは今さら「ティ」に変化はしそうもない。でも「ディーゼル」「キャンディー」はもはや多数派だろう。「ビルヂング」が「ビルディング」になったように安定して表記が変化してくれるとありがたいが、そう簡単にものごとは進まない。
 最近のキーワードで外来語表記の論議が分かれる代表例は「デジタル」と「ディジタル」、「マルチメディア」と「マルティメディア」だろう。
 「メディア」で「ディ」という音が使われている以上「マルティ」としないとバランスが悪いという派。この派は「ディジタル」派でもあり概して学術系の人に多い。
 対して「マルチ商法」は「マルティ商法」とは言わない、「メディア」を「メジア」「メデア」とも言わない。だから「マルチメディア」だという派。この派は「デジタル」派でもあり一般的な意見だろう。
 私はどちらかといえば後者の派に属しているが読者にはきっと「マルティ・ディジタル」派がかなりいるはず。論議が起こるといけないので無理矢理、話を表題に戻そう。
 さて表題の「フイルム」と「フィルム」だが、古くから使われている割には今も並行的に使われている表記の揺れである。
 映画のシナリオ風に書いてみよう。「そのカメラにフイルムを入れてくれ」なら現代語。でも「そのキャメラにフィルムを入れてくれ」と書くと一気に昭和前半の雰囲気になる。
 「カメラ」を「キャメラ」という人はさすが少なくなったが、「フィルム」が古いかといえばまだまだ現役、特に映画の世界では「フィルム」が多数派のようだ。
 さて以上のような表記の差は明確に使い分けられているわけではなく、文字どおり揺れている。だから検索語としてはどちらからでも引けるようにせざるを得ないのだ。
 やれやれ検索キーは面倒くさい。今日の仕事はもう止めて、「ウイスキー」でも飲みながら夕涼みをしようじゃないか!とベランダで夜風にふかれていると…おや?「ウイスキー」も「ウィスキー」でもあり「ウヰスキー」でもある。悪酔いしそうなので今回はここまで。

『情報管理』Vol.41 No.6 Sept. 1998 より転載


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