アクセシビリティマーケティングで市場を開拓しよう!

2012.12.01

日立コンサルティング  岡山 将也

 3年前、キーパーソンズメッセージを書いたときは、「思いやりをカタチにしよう!」というタイトルで、“健常者だけに向けられた「じゃあ、読もう」ではなく、どんな障害を持つ人たちにも「じゃあ、読もう」と言えるように、来年は少しでも前進したい。”と締めくくった。このあと、TTS(Text to Speech: 音声合成による読み上げ)による電子出版の普及に尽力してきたわけだが、この活動を通じて感じたことを今年はメッセージとして伝えたい。
 2004年頃から、目が不自由な人や、読字障害と呼ばれるディスレクシアのように、読書ができない人たち(読書障害者)が、読書できるには何をすべきかを考えていて、結論として導かれた一つに、読書を耳で聴くこと、すなわち“聴読(ちょうどく)”できることだった。聴読は、決して新しいことではなく、昔から日本でもラジオドラマや落語としてコンテンツは存在しており、今でも根強い人気があると聞いている。米国では、オーディオブックの市場が1000億円規模で存在する。
 なぜ米国でオーディオブックが広まったかを考えてみたい。米国は国土も広く、移動手段として車がメインである。また一方、移民も多くいるため、英語は何とかしゃべられるが読み書きが苦手な人も多くいる。通常、車を運転している人は、健常者と呼ばれる人である。健常者といえども、車を運転しながら、本を読んだら、事故を起こしてしまう危険がある。
 同様に、日本でも、ケータイやスマホを操作して、駅のプラットフォームから落ちる人が増えているらしい。読みながらの通行は危険極まりない。また朝晩の通勤ラッシュ時は、緩和されたとはいえ、平均乗車率が200%を超える路線が存在する。さらに、ある時間帯では、乗車率が250%を超える区間があると報告されている。乗車率250%というのは、電車がゆれるたびに体が斜めになって身動きが取れず、手を動かそうとしてもままならない状態のことをいうらしい。経験された方も多いだろう。こんな状況でもイヤホンやヘッドホンをして音楽や語学の勉強をしている人は、多く見受けられる。
 こう考えると、アクセシビリティという言葉は、決して障害のある方だけでなく、健常者にも当てはまり、日常生活において情報にアクセスできない状況がたくさんあることがわかる。すなわち、読書ができない状況というのは誰にだって起きるのである。ここによい例がある。年齢40歳を超えると老眼傾向が強くなるというが、推定人数を聞いて驚きである。なんと約7000万人。65歳以上の高齢者が2975万人という統計情報から見ても、老眼は高齢者だけの問題ではないことがわかる。皆さんは、最近細かい字が見づらいことはないだろうか?
 マーケティングの話に戻すと、一般的に市場ターゲットの3%ほどが革新者として初期の購入者になるといわれている。老眼の人を対象とすると、その数は、約210万人となる。視覚及び読字障害の人は、800万人近くいることから、約24万人となる。合計すると、234万人が当初のターゲットと見込める。234万人といえば、47都道府県のうち15位の宮城県の人口とほぼ同じである。この数を少ないとみるか、多いとみるかは人それぞれだが、そこに市場が存在することを否定することはできない。また、オーディオブック老舗のオトバンクが開発したiPhone/iPad向け電子書籍アプリ「朗読少女」のダウンロード数が85万件を突破したことから見ても、耳で読書をする“聴読”は、これから多くの人に受け入れられるだろう。人が朗読するオーディオブックもあれば、音声合成を利用してできるオーディオブックもある。これからは用途に応じて、さまざまな音声コンテンツが多く配信されることになるだろう。
 最後に、電子出版の音声読上げ対応の意義について考えてみた。
1.既存出版事業との共存が可能
 朗読及び音声合成を利用した音声読上げ機能を持った出版サービスは、オーディオブックも含め、紙と同居できるメディアのため、カニバリゼーションを起こさず、ブルーオーシャン市場として確立できる。
2.得られる気づきが本よりもはるかに深い
 耳から入る「音声」を使うため、人間の潜在脳に直接働きかけられる。また通常よりも速く聴くことで、脳が活性化するという研究結果もある。
3.音声を聞ける時間は目の読書より豊富にある
 「本」は静止していないと読めないが、音声読上げは、いつでも“ながら聞き”ができる。本は一日に1冊読むのは大変だが、一日数本聞くのも簡単である。
4.集中力が本よりも長く続く
 一般的に、文字の読書は30分、長くて1時間くらいで集中力が途絶えがちだが、音声読上げであれば数時間聞いても疲れない。
 出版の音声化に向けた取り組みは、既に始まっている。賽は投げられた! いざ青い大海へ出航しよう!!!