電子書籍を「本」の未来につなげたい

2013.01.01

紀伊國屋書店  宇田川 信生

 先日の『JEPA電子出版アワード2012』で、弊社の電子書籍事業に「デジタル・インフラ賞」をいただきました。昨年の「ベスト・ショップ賞」に続く受賞となり、お客様へはもちろんのこと、JEPAはじめ社内外の関係者のご支持・ご支援への感謝の気持ちでいっぱいです。
 おととし7月に事業立ち上げのための準備室長に任じられ、昨年6月にやっとサービス・インにこぎつけた後もひたすらオペレーションに埋没し、わけの分からぬ狂騒状態。「電子書籍元年」やら大所高所の議論などもはやどうでもいい、次々と出てくる他の新サービスの記者発表を横目に、とにかく「負けない店」をやり続けることが第一と念じて進めてきました。リアル店舗と違い、電子書籍の売上にとっては「雨降りの週末」が最高、ということで金曜の夜は雨乞いのおまじないをつぶやいてから寝床に入る、わが社の店長さんたちにはちょっと口にできない習慣もできました。
 新規事業なだけにとにかく色々ありました。もちろん今も色々あります。何につけても立ち返る根本的な問いは、「我々が売ろうとしているのは本なのか、それとも全く新しい何かなのか」ということと、お客様・利用者はどう見ているのだろうか、ということです。ネット越しに伝わってくるお客様の評価や要望も、電子書籍を紙の本の延長線上にあるものととらえた故のものだったり、それを超越したものであるべきとの論点に立ったものだったりとばらばらです。どちらの側から見るかによってこれまでの評価もこれから進むべき道も変わり、世界は全く違って見えてきます。弊社へ電子書籍をご提供いただいている出版社の方々もこのあたりのスタンスでは悩んでいるご様子。出版社さんと会って例えば電子書籍のサービスモデルなどに話が及ぶと、散々議論した末、いつしかお互い腕組みのまま顔を見合わせ唸るばかり、という場面も一再ではありません。単なる評論家風のおしゃべりでなく、現実のオペレーションや収支、それぞれの立ち位置に直結する話なのでなおさらです。
 サービス事業者としては、今後の方向はやはりお客様・利用者の動向を見きわめながら(そしてもちろんバランスシートと相談しながら)決めてゆくしかないと思っています。書店にある者として、下降の一途である出版物の販売額の改善に電子書籍をどのように貢献させてゆくかが最大の課題のひとつであることは間違いなく、国内外でデバイスもプレーヤーもほぼ出揃った感がある今日、電子書籍をなんとか「本」の未来に貢献させてゆきたいと切実に思っています。もとよりこれは一電子書店だけでできることではありません。皆様のご理解とご支援を今後ともよろしくお願い申し上げます。