14 マルチメディアCD-ROM『LULU』 (前田俊秀)

■フランクフルトでの出会い
 1995 年10 月、良質なマルチメディアタイトルを求めてフランクフルトブックフェアの会場内を歩いていた。すでに100 タイトルほど目にしていた頃、米オルガーナ社のブースで「LULU」に出会った。そのときデモをしてくれたのは原作者のロマン・ビクトル・プジュベとプロデューサーのアリーン・シュタイン。原版のフランス語版がもう少しで発売される頃で、日本語版はどうするのかと聞くとオルガーナ社の日本窓口だったボイジャージャパンの萩野さんに相談するよう言われた。ブックフェアの会場から当時ずいぶん大きくて重かったドイツの携帯電話で萩野さんに早速電話をいれた。
 この頃のマルチメディアCD-ROM 作品は、まだ初期の段階で実験的なものが多かったが、「LULU」は、本のメタファーにヒントを得た斬新なコンセプトで、確固としたストーリーを持ったマルチメディアのお伽噺だった。ページを破いて3D の主人公が飛び出てくるような破天荒な世界観がなんとも瑞々しく、本を読むように画面のページをめくりながら挿絵をクリックすると、その挿絵があたかもアニメ映画のように動きだすという高次元のインタラクティビティーを備えていた。ゲーム的な躍動感もバランス良く兼ね備え、画面の中には今までに見たこともない、でもいつかどこかで見た記憶がある懐かしい情景が拡がっていた。これには大人も子供も興奮するだろうと確信した。「LULU」は読者の目を十分に楽しませてくれるタレントを持っていた。
 しかし、ブックメタファーを採用している関係から日本語版へのローカライズには高度なバランスが要求されるであろうこともすぐに予測できた。どうしても欧米の文章を日本語に翻訳する際には文字数がうまくページに収まらないことが多い。文字の大きさも、吹き替えの音声も細心の配慮が必要だろう。でも、フランス語版以上の完成度で日本語版を仕上げてみたい、作者のロマンの思いを日本にも伝えたい、画面を観ながら泣けてくるようなCD-ROM にしてみたいという思いから徒手空拳の
「LULU」日本語版製作が始まった。

■豪華メンバーで日本語版製作
 ユーザの手に届けるためにはそれなりの仕掛けが必要だった。当時はまさに群雄割拠のマシン環境のなか、複数のプラットフォームに向けたマルチプラットフォーム構想を想起してパートナー企業を募った。ボイジャー、東北新社、セガ、サテライトと共同で「ブレインプロジェクト」を結成して、マック、ピピン、ウィンドウズ、プレイステーション、セガサターン版の同時制作、同時発売を目指した。雑誌広告、展示会出展、店頭販促などの活動を共有しつつ、内容の同じタイトルを違うプラットフォームに向けて各社から同時発売するという斬新な展開にチャレンジした。
 原語版は原作者のロマンが朗読を行っていたが、日本市場には女性の声の方が向くと考え大貫妙子さんにお願いした。制作途中のフランス語版をお見せすると大喜びで快諾してくれた。大貫さんは「LULU」の音楽を担当した故オリビエ・プリズラックともウマが合い、その後ご自身で「LULU」の歌まで作ってアルバムに入れてくれた。ルル役の声優はクレヨン新ちゃんの声で有名な矢島晶子さんに、ロボットのネモ役はランマで有名な山口勝平さんにお願いした。
 翻訳はフランス文学の大家、天沢退二郎先生と奥様のマリ林さんにお願いした。レイアウトの都合上なんども翻訳の修正をお願いしたが終始笑顔で相談にのっていただいた。「天沢先生に校正で赤を入れられる編集者は居ないよ」と後から関係者にさんざん脅かされた。原語のフランス語版がとても良い出来だったので天沢先生や大貫さんと相談してPC 版は原語版も併せて観てもらえるように同梱した。
 日本語版のたたき台が完成した頃、パリのアパルトマンを改造したダダメディア(原語版を開発したプロダクション)のスタジオで原作者ロマンに向けた試写をした。彼の目からみるみる涙が溢れた。日本語を理解できない彼が、日本語のページの美しさやルルとネモの声から日本語版の全体像を掴み、自分の作品が海を越えて日本の読者に良い形で届こうとしていることに、ありったけの涙で応えてくれた。

■あの頃の夢がいま眼前に
 開発で一番苦労したのは文字フォントだった。PC 版は大日本印刷さんから適度な文字の太さをもった秀英体を使わせていただくことができて問題を回避できたが、ゲーム機版はテレビ画面に映すために縦方向の太さがないと文字が良く見えず、きれいに読める文字フォントを求めて苦労した。開発を頼んだ北海道のサテライト社の会議室にセガの開発者とソニーの開発者に一緒に来てもらい、第一線の画像処理手法を比較検討しつつ、それぞれのハードウェアに向けて粘り強く文字表現の調整を続けてもらった。
 宣伝活動では違ったプラットフォームにおいて同じテイストを伝える作業に専念した。各誌媒体への広告なども何パターンか用意してパートナー企業と相談し、各プラットフォームにフィットしつつも全体で融合した展開できるようトータルバランスを心がけた。
 パッケージのテイストも「LULU」の持つオーガニックでブックライクな印象にあわせて紙を使うことにした。CD-ROM を格納する中敷もプラスティックが主体であったが、あえて紙製を採用した。ゲーム機版の箱も通常はプラケースであったが、プレイステーション、セガサターン版、ピピン版、共に紙製専用ケースを使用することを各メーカーに許諾してもらった。
 作品の良さと大々的なプロモーションが相まって事業は成功をおさめ、共同出資した各社のメンバーがコアとなって、マルチメディア事業を推進すべくプロジェクトの名を冠した会社、株式会社ブレインを設立した。
 株式会社ブレインでは、マルチメディアソフト・映像制作・プロモーションなどを持ち寄ったお互いの経験値を活かし、テレビ番組制作からイベント企画まで、やりたいことを全部自分達の仕事にしようと10 年間をかけて頑張った。一昨年には三修社をブレイングループに迎え、全体としてデジタル40%、イベント10%、映像10%、出版40%という売上構成比をもったグループとなった。「LULU」との出会いが仲間を引き合わせ、あらゆる表現にチャレンジしようという起業風土の育成にもつながった。
 その後も作者のロマン・ビクトル・プジュベ達とは長い付き合いが続いており、昨年もヨーロッパ向け携帯電話のCM 撮影の際に、酔いどれ天使のハマリ役でスーツ姿の背中に天使の羽をつけて本人に登場してもらった。パリ郊外の公園や街中での撮影は彼のジョークに終始笑いっぱなしで本当に面白かった。

プレーステーション版「LULU」

 「いつか見た夢がここにある」、これは「LULU」のセールスプロモーションのキャッチコピーだが、「LULU」に出会った頃にみんなで夢見た「本やデジタルやテレビやイベントをインターナショナルに制作できる会社」が、いま眼前にある。「LULU」との出会いに心から感謝している。

◎前田俊秀(まえだとしひで)ブレイン/三修社からJEPA に参加。