37 電子出版のアクセシビリティ ~新しい電子出版のカタチを目指して~ (岡山将也)

 ビジネス研究委員会(ビジ研)が、まだデジタル情報ビジネス研究委員会という名前で活動していた2002年から2004年頃、“出版物をデジタル化することで新しいビジネスになるものは何があるのか”、という議論が活発に行われていた。1996年から減り続ける出版売上を見て、今後ますます減り続けるだろうという観測から、電子化に活路を見出そうと悪戦苦闘していた時期でもあった。

 同時期に、「読みたいのに、読めない人たち」の存在があった。紙で印刷した本(印刷本)は読むことができないが、人が朗読や音訳、点字化することで読める人たちが多く存在することを知った。
 ビジ研は、新しい電子出版のカタチの創造活動の一環として、2004年から電子出版のアクセシビリティについて取り組み始めた。本稿では、ビジ研における電子出版のアクセシビリティの活動について解説する。

■デジタル化することで広がる可能性
 2002年から2003年当時、一部の視覚障害者の人達が、音声合成ソフトウェア(スクリーンリーダー)を利用してテキストデータを読み上げていることを知った。しかし、そこで利用されているスクリーンリーダの音声合成はひどいもので、ロボットがしゃべっているそのものだった。
 それにも増して読み上げている文章には、読み間違えが多くあり、これでよく読書ができるか不思議なくらいだった。ただ、視覚障害者の人たちは、それでも読めないよりはマシという状況であった。テキスト化(デジタル化)することで読むことができるなら、電子出版の新しいカタチが見えるのではないかとビジ研で議論を実施した時期でもある。

■ユニバーサルデザインという考え方
 障害者や高齢者が安全で、快適に生活できるための設計思想として、物理的阻害要因を排除するバリアフリーデザインがある。この設計思想では、例えば、階段があるところに後からスロープを作って車いすやベビーカーが通りやすくするといったデザイン方法が用いられる。一方、始めから万人が平等に、安全で、快適な生活ができるための設計思想として、ユニバーサルデザインがある。この設計思想では、例えば、初めから段差をなくして、建物の入口を設計し、車いすやベビーカー、足の不自由な人らが簡単に建物の中にアクセスできるようにするデザイン方法である。
 電子出版におけるユニバーサルデザインの設計思想では、印刷本という物理的阻害要因をデジタル化することで拡大や白黒反転、読み上げなどに活用できる。しかし出版本を制作してから再度デジタル化する作業を行う設計では手間がかかりすぎる。既に印刷本として発行されているものを電子化する作業はバリアフリー化として必要であるが、初めから電子出版にすることも念頭に置いて設計する、ユニバーサルデザインの設計思想の方が、コスト的にも優位と考える。
 この発想のもと、ビジ研は、2007年に「さまざまな読者のニーズから考える書籍のユニバーサルデザイン」セミナーを実施し、読者によりやさしい環境の提供として何を対策すべきか、何を留意すべきかを検討した。2008年には、出版UD研究会と協力して、「ユニバーサルデザインが出版業界を救う!」をテーマに、「iPodやケータイで“耳から読書” ~オーディオブック普及の可能性をさぐる~」、「見やすい教科書をつくる~教科用特定図書普及促進法で変わる教科書製作~」、「色の見え方は血液型といっしょ ~カラーユニバーサルデザイン~」、「UDマーケティング~“わかりやすさ”“使いやすさ”“ここちよさ”がキーワード~」といった4回のセミナーを実施した。
 またこのころから音声合成技術が進展し、人工的に生成される声が、次第に人の声に近づき、より明瞭性を向上させた時期でもあった。
 2001年には、総務省プロジェクト「アクセシビリティを考慮した電子出版サービスの実現」に一般社団法人電子出版制作・流通協議会と協力して参加し、ビジ研からTTS推進協議会(現プラットフォーム委員会TTS研究会)を立ち上げた。TTSとは、Text To Speech の略称でコンピュータによる音声合成による読み上げを示す。TTS推進協議会では、電子出版の読み上げ機能(TTS)に関する課題の掘り起こしと課題解決案の検討を実施し、仕様策定及び運用(制作)ガイドラインを作成した。

■アクセシビリティを考慮した電子出版物はなぜ必要なのか
 さて、電子出版のアクセシビリティを考える上において、どのような人が対象になるかをまず考える必要がある。一般的に印刷本を読めない人は、視覚障害者と思われがちである。しかし、文字を読めないという意味から見れば、読字障害者(ディスレクシア)は文字を認識できなかったり、上肢障害者はページをめくれなかったりするため、印刷本を読み辛い。
 外国人にとって日本語は、とかく難しい。漢字仮名交じりの文章は、読みこなすまでには大変の努力が必要になる。また、60歳を超えると細かい字が読み辛くなり、特に80歳を超えると、ページをめくるのも大変になってくるだろう。彼ら/彼女らは読書をしたくないのではなくて、読書したくても出来ないのである。
 総務省統計局のデータによると、65歳以上の高齢者は年々増加しており、2020年には3590万人に達すると推測されている。また体が不自由な人々も、同様、年々増加している。
 こうした背景から、印刷本での読書ができない人が今後益々増えていくと考えられ、出版としてのアクセシビリティの強化は必須となる。

■誰にでも優しい電子出版を目指して
 読書障害者だけでなく、健常者も利用しやすいサービスを目指すために、電子出版に関わる全ての関与者が協力する体系を作る必要がある。著作者、出版社、制作会社、配信事業者が、アクセシビリティを考慮した電子出版の制作にシフトすることで、読書障害者だけでなく、外出できない入院患者や、言語習得過程の子どもたち、車の運転や何か作業をしている健常者、車内や機内などで読書が制限されたエリアでの読書など、様々な状況に対応できる電子出版を展開できる。そのためにもアクセシビリティ化のひと手間を惜しまず、アクセシビリティの観点で電子出版を制作することが重要である。

◎岡山将也(おかやまのぶや)JEPAビジネス研究委員会委員長。日立コンサルティングからJEPAに参加。