情報享受の民主化のシナリオ

1998.04.01

研究社  関戸 雅男

 昨今のアメリカの電子出版物の驚異的低価格化には,大いに考えさせられ るものがあります。書籍版で全32巻,1500ドルの 『ブリタニカ百科事典』 のCD-ROM版, Encylopaedia Britannica CD 98 が125ドル,日本円で1万 5,6千円で購入できるという現実は,太平洋の対岸のこととはいえ,ボーダ ーレス時代といわれる今日,この地で電子出版に携わるわれわれにとって 無関係ではありえません。
 
 この価格が実現された背景には,大量情報を扱う百科事典のような出版物 の場合,媒体コストを紙の本に比べて格段に小さくすることができるという 電子出版のメリット以外にも,いろいろな理由が考えられます。日本語出版 物とは比較にならない数の読者人口をもつ英語の出版物にはグローバルな 大きな需要が見込める。長い歴史の中でたくわえられた豊富なデータを有効 に活用できた。インターネットでのサービスを行なうにあたってデジタル化, マルチメディア化が完了しており,新たな開発コストが発生していない。
 CD-ROMはインターネットでの有料サービスの拡販材料にすぎない等々。
 
 理由が何であれ,利用者はこの事態を歓迎しているでしょうし,日本に おいても電子出版物の低価格化が求められているであろうことには疑問の 余地がありません。
 
 この状況に対するひとつの解釈は,電子出版がデジタル情報処理技術を 用いた情報の効率的提供と利用を達成した後に見えてきた,その真の役割は 情報の民主化,すなわちだれもが経済力によらず情報に自由にアクセスでき るようにすることだったというものです。活版印刷術が大量の複製によって, 僧院や王侯貴族の城館に写本という形をとって閉じ込められていた情報への アクセスを市民に開放したのと同様のことが電子出版に期待されているよう です。
 
 日本を代表する百科事典のCD-ROM版が良好な売れ行きを示していると聞き ます。困難に耐えた百科事典が電子出版によって再び脚光を浴びるのを目の 当たりにできるのは喜ばしいことです。価格がすべてではないにしても, 書籍版と比べた場合の相対的な低価格,情報量に対する絶対的低価格が読者 に歓迎されたことは明らかです。
 
 アメリカの事情を知る人たちの目にはその価格すらなお十分に民主的では ないと映るのかもしれません。情報享受の民主化のシナリオの結末かサバイ バルゲームの果ての情報提供の独占でないことを願います。マインツの親方 ならどんな予測をするのでしょうか。