雑感

2000.09.01

凸版印刷  沖津 仁彦

 「印刷」の発明とインターネットの出現が逆だったらどうだったか、と思う時が ある。
 15世紀半ばにインターネットが出現し、500年以上にわたり人々はデジタル化さ れた情報によってのみコミュニケーションをとっていた20世紀の終わりに、突如 として「印刷」という手段により、携帯性に優れ、しかも文字の可読性と色彩の 再現性においてインターネットを凌駕する印刷メディアが発明されたとしたら、 まさに“世紀の発明”として世界を席巻したのではないか・・・。
 そんな夢想をしてみたくなるほど「印刷」あるいは印刷メディアには優れた特長 があり、それがあればこそ長らく人類の情報コミュニケーションの一翼をになっ てきたといえる。
 考えるに「印刷」には、人間の五感の内で視覚(文字や写真を見ること)、触覚 (指や手で感じること)、臭覚(紙やインキの臭い)に訴えられる要素を持って いる。それに対して、インターネットをはじめデジタルメディアは視覚と聴覚に 訴える。「印刷」はどこかしら人間くさいのだ。
 しかしながら現在は、「デジタル社会」や「インターネット時代」になりつつあ ることも厳然とした事実であり、そこには、「印刷」に慣れ親しんだ世代とは異 なった世代が誕生しつつある。また、一方で「アナログ世代」が徐々に変わらざ るを得ない時代になりつつあるともいえる。
 パソコンや携帯電話、また家庭用ゲーム機などを日々使いこなす、デジタル的と もいえるライフスタイルや感性を持った世代が、今後のマーケットにおいて重要 な位置を占めるであろうし、アナログ世代の代表格であった主婦層やシニア層に も急速に広がるとの予想は想像に難くない。
 では、そのような“デジタル的な人間”の特徴は何であり、今後どのようなアプ ローチが必要となってくるのであろうか。
 そのヒントのひとつとして、かつて著名なデジタルクリエーターが看破したよう に、「頭においしところ」をもってくることだ。その人は音楽業界を引き合いに 出して、ヒット曲を作る条件のひとつとして、“サビ頭”ということをあげた。 つまり、今までの「イントロ-メロディ-サビ」の構成を、「サビ-メロディ-サ ビ」にして頭においしいところをもってくること、それがないとデジタル世代に は簡単に飛ばされてしまうのだという。そして、デジタル音楽とは楽器や録音が デジタルであるということではなく、構造の変化に重要な意味があるのだとい う。なるほど、という気がする。
 そのことは、他の業界、とりわけ我々が属する出版・印刷業界にも当てはまるこ とであろう。
 インターネットは印刷メディアである出版物の「再生工場」ではない。もちろ ん、コンテンツの2次利用にはそれなりの意味と価値があるのだが、それだけで は“デジタル的な人間”にはソッポを向かれてしまうことになる恐れがある。 印刷会社の立場から従来、「情報加工業」を標榜してそのスキルを培ってきたつ もりであるが、今後は「印刷」という感覚に訴える世界から、デジタルな感性に 訴えるという視点でのアプローチが益々重要になってきていると感じている、今 日この頃である。