出版社の電子出版とインフラ

2007.08.01

学習研究社  宮下 雅彦

 「出版社はコンテンツがいっぱいあるから、電子出版も簡単ですね」とよく言われる。確かに、初めて電子出版に乗り出す企業から見れば、うらやましく思われるかもしれない。しかし、現在の社会のインフラの整備状況では必ずしも簡単とは言いがたい。それは、出版社の権利の問題を考えてみるとよくわかる。
 たとえば、著作権は著作権者のものであり、譲渡を受けていない限り出版者にはない。せいぜい出版社が主張できるのは、汗水たらして創りあげたと主張する版面権ぐらいである。しかしこの版面権についても法的には認められてはいない。出版社には「再販制度」「出版権設定契約」という特権があるからという理由で「版面権」は認められなかったという経緯がある。法的根拠がないままに電子出版での利潤を追求しなければならないところに出版社の苦悩がある。
 また、社会環境の面から見ると、整備が不十分である場合も多い。電子出版に対応した使用料規定が定まっていないという現実もある。たとえば、入試問題などに使う文学作品をデータベースとして蓄積することは、複製に当たるが、ではこのデータベースにするときの許諾料はいくらになるのか? また、ウェブ上で使用した場合の使用料の根拠は? 実はこの問題はつい最近(社)日本文藝家協会と話し合いがもたれ、一応の決着をみたところであるが、解決までに数か月を要した。データベースの登録料と使用後の貢献度(レベニューシェアという考え方)で総支払額を決めるというのが合意点であった。
 さらには、電子出版に限ったことではないが、著作者不明の場合の対処の仕方も大きな問題である。「著作者不明の場合は掲載しない」というのが大原則であるのは言うまでもないが、著作者不明でありながら、広く文化の向上に寄与する著作物というのは多い。現在は、こういった著作物を掲載(あるいはネットで配信)する場合は、文化庁の裁定制度を利用することになっている。出版しようとする側がそれなりの努力をしても著作権者がわからない場合は、委員の裁定を仰ぎ、許可が出た後には使用できるというものであるが、この「それなりの努力」というのがかなりのエネルギーを要するものになっている。著作者が海外であった場合、不明なのかどうかが判明するまでに相当の時間を要し、さらに裁定を仰ぐまでには、出版機会を失ってしまったというケースも少なくない。
 当社もクロスメディア事業をこれからの事業の核として、紙媒体のみならず、誌面のネット配信、携帯配信を組み合わせ、シナジー効果を生み出すべく事業構築を行っているところである。メディアが増えるに伴って整備すべきインフラの項目も増えている。
 何やら、電子出版についての否定的な事柄ばかりを書いてしまったが、目的はまったく反対で、会員社の皆様のご協力とお知恵を拝借しがら、電子出版が少しでもしやすくなるようなインフラの整備に微力ながら参加させていただけたら幸いと、思う次第である。