新たな電子書籍の未来の姿とビジネスを一緒に探り当てていきたい

2007.11.01

セルシス  川上 陽介

 セルシスの川上でございます。平素皆さまにはブックサーフィンビジネスにおきまして大変お世話様になっております。この紙面をお借りいたしまして厚くお礼申しあげます。
 私は、出版業界とは無縁のところでビジネスを立ち上げ、ビジネスを進化させてゆく流れの中で、出版業界の電子書籍という分野にかかわらせていただくようになりました。これらの経緯をお話し、その流れで私が今感じていることをお話したいと思います。
 会社設立は1991年ですが、その前の約10年間CG映像制作やCG関連ソフトの開発を行っていました。当時はCGの黎明期で、コンピュータでグラフィックを扱う技術が日進月歩で進化していました。また、あっという間にCGが市民権を得て産業の様々な分野に野火のように広がっていく様を見ていました。コンピュータの進化のスピードの凄まじさと、それを取り込む産業界のダイナミックさのようなものに惹かれたことが、無謀にもベンチャーな会社を興してみようと思った理由だと思います。
 設立当時、アニメ業界の制作工程は全くのアナログでした。鉛筆線をカーボン紙で透明なセルロイドフィルム(セル)に転写し、裏から特殊な絵具で彩色し、そのセルを何枚か重ねて、暗室でフィルム撮影するといった工程で制作されていました。そこで、この工程をデジタルで効率よく制作できるようにするソフトウェアの開発をスタートしました。それが1993年発売の「RETAS」というソフトウェアです。発売後6年間くらいで急激に業界全体がデジタル化され、おかげさまで現在では大半のアニメプロダクション様にご利用いただいております。
 次に取り組んだのが、デジタルでマンガ原稿の制作を行えるようにすることでした。実は、アニメ制作よりもマンガ制作の方が圧倒的に高性能なPCを必要とします。これは、1枚の画像が持たなければならない情報量がアニメとマンガでは格段に違うことが大きな理由でした。またプロジェクト立ち上げ時にはまだ十分な能力のPCは世の中のどこにも存在しませんでした。PC処理能力は24ヶ月で倍になるというムーアの法則や、CG業界の急速な発展、アニメ業界のデジタル化への大転換などを、身をもって体験していましたので、紙、鉛筆、定規、消しゴム、トーンなどを使った工程をすべてデジタルで制作できるようなソフトウェアの開発を強引に着手しました。これが「ComicStudio」というソフトウェアで、2001年にVer1.0を発売し、現在累計約7万本を出荷しております。
 デジタルでアニメ、マンガの制作を行える製品を開発する中で、デジタルで制作したコンテンツが日々蓄積していくのを目の当たりにして、それをデジタルメディアで流通させられるしくみも手掛けられないかと考え、マンガに特化したビューアー開発のプロジェクトを2002年にスタートさせました。経済産業省のご支援などもいただきながら、まずデジタルメディアならではのマンガの見せ方にはどういった工夫がいるのかとか基礎的な研究を始めつつ、PDAをターゲットにマンガビューアーの開発を行いました。当時のPDAは、ビジネスマンが持つ高級文房具といった位置づけの製品で、グラフィックを扱うには不十分な性能で非常に高価でしたが、近い将来には性能、価格もあっというまに満足できるようになり誰もが当たり前に持つようになるだろうと考えたわけです。今振り返るとこの考えは半分当たりで、半分は外れていました。今では、高密度のディスプレイと、2000年ごろのPCと同程度の高い演算能力を持つ超小型の端末を大半の人が持っており、その端末は、当時のPDAでは考えられない料金定額で高速通信さえできます。この端末が今、普通に売られ、皆さまがお持ちの携帯電話なわけです。言うまでもありませんが、PDA向けに開発したマンガビューアーが現在お世話様になっています携帯マンガビューアー(ブックサーフィン)の元となっています。
 デジタルの世界の進化と、それが世の中を変えてゆく様は、本当にわくわくの連続で、その中でも携帯電話の進化スピードは、PCと比べようがないほどです。情報を伝達する媒体をメディアというのであれば、本、雑誌やテレビなどの既存のメディアの進化や浸透のスピードに比べ、携帯電話メディアの進化や浸透のスピードは桁違いに速いことをこの携帯マンガビューアービジネスを通して実感しました。たとえば、携帯コミックのマーケットは、2004年初めは0でしたが、2007年末には300億円程度になり、女子高校生の利用経験率は約8割と聞いています。
 この勢いを見ていて、最近私は携帯メディアを従来のメディアの補完や延長としてのメディアという考え方ではなく、独立した別個のメディアだと考えなければならないと思うようになりました。アニメ、マンガの制作ツールを開発している立場からすると、アニメであればテレビ番組に向けて、マンガであれば雑誌、単行本などに向けてアウトプットするツールを開発してきたわけですが、今後は携帯電話向けに特化したコンテンツをアウトプットできる新しいツールが必要になるのでしょう。アニメもマンガもベースは絵でお話を伝えたいという作家の思いです。それがフィルムではアニメになり、紙ではマンガになったように、携帯では同じ作家の思いを受け継ぐ新しい表現方法が急激に普及することでしょう。これが今後ビジネスとして一番面白く、ダイナミックに変貌していく市場だとの想いでわくわくしています。
 この新たな電子書籍の未来の姿とビジネスを、日本電子出版協会会員の皆さまともいろいろと情報交換させていただきながら、探り当てていきたいと考えております。