電子ほうれんそう

2008.03.01

日本実業出版社  畑中 隆

 「ケータイで本を読む」と言えば「(ケータイ)小説」が、また、任天堂DSにコンテンツを提供すると言うと「日本史○○」のようなテーマが……現在の潮流のようですが、最近では、ビジネス書のジャンルにおいても、ケータイへ、DSへの浸透が(遅々として、ですが)進みつつあります。 
 このためか、私どもでも「書籍の内容」を「ケータイやゲーム機などにコンテンツ提供」する機会が急激に増えてきました。電子出版を扱っている者としては、非常にありがたい急展開といえますが、その段階で「う~ん、迂闊だった」という経験もありましたので、他山の石として見ていただければと考えております。
 結論から言うと、電子出版においての「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」の大事さを再認識させられている、ということです。
 どこの版元でも同様と思いますが、ケータイへのコンテンツ提供、あるいはゲームソフトへのコンテンツ提供となると、ついつい、新しい業者との新規契約に目が奪われがちです。ロイヤリティをはじめとする条件はどうなのか、どんな形式のデータを渡さねばならないのか、進行具合はどうか。あれこれと頭を悩まします。
 しかし、そのときに著者のことをどの程度考えに入れているか、というと……。
 すでに著者とは「コンテンツ提供に対し、基本的な合意を得た」うえで作業を進めているのは当然です。このため、「著者との関係では何ら問題なし!」と考えてしまいがちですが、たとえば、新コンテンツの提供に関しては、「著者と出版社」との間で、新しい契約書(覚書)を結ばねばなりません。
 書籍の契約書(出版契約書)の場合、多くの出版社では「見本」段階で契約書を結んでいるのではないでしょうか。執筆依頼の段階ではおおざっぱな取り決めはできても、実際の原稿の出来具合を見たり、発行タイミングに間に合うように原稿が上がってきたかなど、それらを見極めて最終判断(印税率なども)がされますので、結局は、見本段階当たりで最終的に「契約書」を結ぶことになります。
 契約書は本来、「最初に結ぶべきものだ」という主張もあるでしょうが、書籍の場合、「最終的な原稿の仕上がり、タイミング」が大きな要素であることを考えると、「最初に結ぶべきだ」論に必ずしも与する必要はないだろうと考えます。あくまでも、書籍の場合は…。
 しかし、それが電子出版になった場合、たとえ同じコンテンツではあっても、書籍と同様、納品されてからでもよいのかというと、それは「?」が付きます。編集サイドでは「書籍と同じでいいのでは?」と思っても、その慣習はあくまでも「書籍の慣習」であって、「電子出版の慣習」にも通ずるかどうかは別問題だからです。現時点で、私自身、他社の事例をあまり知りませんので、「電子出版の場合、ウチは最初に契約するよ(著者と)」とか、「書籍と同じように、最後に著者と覚書を結んでいるよ」など、教えていただければ助かります。
 一方、著者のほうはどう考えているのでしょうか? 少なくとも、「書籍と同じ」とは考えていないケースがあるようです。とりわけ、権利関係に敏感な著者であればあるほど、書籍の契約段階ですでに「おかしいな?」と感じていることが多いようで、同じコンテンツを利用するとしても、電子出版の段階では「契約書の早期締結」を求めている場合もあります。
 もし早期段階で締結するとしたら、そこでの契約書にはどのような文言が付記されるべきなのか、出版契約書との関係をどう連動させるのか……。このため、JEPAの三瓶さん、梅津さんにも知恵をお借りしました。
 しかし、いま現在、もっと大事なことに「ハタ」と気づいてしまったのです。そう、トラブルの根は「契約書の時期」とか「契約書の文言」云々ではなかったのです。そんな形式的なこと(問題にする人もいるでしょうけど)よりも、そこに至るまで、その著者にどれだけ親身になって、新しいメディアのことを「説明」してきたのか、自分であれば知りたいような「情報」をどれほどこまめに提供してきたか? そのことが問題だったのだ、と思い至ったのです。
 考えてみれば、Aという著者が初めて本を書いたときには、すごく嬉しかったろうと思います。家族に「いつ、本が出るよ」と話す、親戚、知人に電話する、書店に行って本が並んでいる様子を見る、手に取ってくれた人に「私が書いたんですよ」と言いたくなる(実際に手に取った人に声をかける著者もいます)……。その間、編集側からはかなりの情報提供がされていたはずです。
 そういう段階では、こちらも一生懸命に共同で本を作っていますから、著者の喜びはすぐにわかります。しかし、「翻訳されます」「ケータイにコンテンツ提供します」となると、当方での実作業はほとんどないため(PDFやXMDFデータをつくるぐらい?)、ついつい「コンテンツの再利用」ぐらいに簡単に考えてしまいがち。
 しかし、著者のほうは、「初めてオレの本が翻訳される!」「初めてゲームソフトになる!」という意味では、最初の感動と変わらないのではないか…。
 そうなんです! 著者は、電子出版に大きな期待をしているのです!
 それに対する編集側の思いが足りず、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」も滞りがちであれば、電子出版に対する著者の思い入れが大きければ大きい分、反発も大きくなる。
 私たちJEPAのメンバーは、何らかの形で「電子出版」に携わっています。それは、著者に大きな期待をかけてもらえる仕事です。その著者と、あるいは業者と「電子コンテンツ」の仕事をスムーズに運営していくためにも、こまやかな配慮で相手の心を思いやる仕事の進め方をしていきたいと感じております。