版面(はんづら)の復権

2008.04.01

有斐閣  鈴木 道典

 ひところ,検索系の書籍(辞書・辞典,六法など)が次々と電子化され,CD-ROM版や電子ブック版などが出版された。弊社でも、経済辞典の電子ブック版を皮切りに,判例六法,心理学辞典,法律学小辞典などつぎつぎとCD-ROM版を出版してきた。もちろん現在でも,ビューアソフトは世代交代したものの,これらは発売している(残念ながら,判例六法は電子版を現在出していないが)。これらは,テキストデータをオーサリングして,ビューアソフトで表示するわけだが,表示画面の大きさに合わせてテキストを表示するため,元の版面とはまったく異なる表示の仕方になる。
 コミックやビジュアル本などの電子書籍で,画像をそのまま見せる様式のものを除いて,ちょっと前までの電子書籍もほとんどテキストを画面に合わせて表示する形式で,元の版面を活かすものは少なかったように記憶している。
 いま,パラパラめくりの電子書籍や雑誌がとても多くなった。パラパラめくりを作るソフトもたくさん出てきている。FlipBook,My Page View,iPaper,LerfThroughなどなど。現在では,Web上のカタログやビジュアル系の書籍あるいは雑誌などが多いが,近い将来,いわゆる検索系の書籍も,この形式で検索結果の画面を読んでもらうものが増えるのではないかと思っている。また,専門書もこの形式で読む電子書籍として新たに出版されたり,絶版書を復活させたりする可能性がある。
 パラパラめくりの電子書籍の普及は,慣れ親しんできた「紙の本」の形で電子書籍も見せたい・読みたいという欲求が強いということだろう。この欲求に加え,弊社のようないわゆる専門出版社では,現実的な要請もある。
 先日,九州の某大学の若手の法学部の先生とお話しする機会があり,その折,こんな話を伺った。「大学に入っている文献検索サービスで論文を検索して見つけたら,図書室に行ってその内容を実際に書籍・雑誌で確認する。そのとき掲載ページ・行とともに奥付もしっかり確認して,いつ書かれたものかも確認しないと引用できない」し,「だから,検索サービスで読んだ論述はそのまま引用することはできない」のだそうだ。日本の法解釈学では,研究や論説の対象が実定法であり,論述は,その時々の制定・改廃された法令に依拠している。いつ書かれたものかは極めて重要だ。それに加えて論証の裏付けとなる引用文献を,著者・文献名・刊行年・掲載ページ(雑誌では「巻・号・ページ」)を明示して引用することになっている。論文を読んだ他の研究者が,引用された文献を同じページ・行で確認できることが必要なのだ。
 すでに出版した書籍・雑誌を電子書籍として再度刊行するにあたって,「ページ概念」を明確に,というより刊行された「紙の本」そのままであることがとても重要なる。また新たに電子の本としてのみ刊行される書籍でも,その内容を誰が引用しても同じ場所を指し示すことができるものである必要がある。この点「紙の本」と同じようにパラパラめくれる電子書籍は極めて有効だ。「電子の本」が「紙の本」と同じように読めることで,これまでの論文の書き方と引用ルールを変えなくて済む(ひところネット上の論説をどう引用するか,どう特定するかという議論があったことが思い出される)。
 版面には編集者の思いがある。弊社では,体系書と呼ぶ重厚な専門書籍から初学者向けのやさしく学問を解説した入門テキストまで,主に大学で学ぶ人をターゲットに書籍や雑誌を刊行している。それぞれの目的に合ったページデザインを考えて,より受け入れられやすいように工夫を重ねているわけだ。版面はその思いの表れだ。
 今でも「専用読書端末」は,ページ概念をあまり配慮しない仕様のようだ。PDAも携帯電話での読書もしかり。これでは文字フォントにこだわり,組体裁にも工夫をこらし,版面に思いを寄せる紙の本の編集者は,電子書籍化にあまり積極的にならないのが当たり前だし,今のままの「専用読書端末」は普及しないだろう。また「専用読書端末」のほとんどが「1ページ」を見せることを前提にした作りだ。2ページ見開きを前提にした本(絵本,地図,旅行案内書などけっこう多い)を中心にしている出版社の編集者は,相手にもしないと想像する。
 パラパラめくりの電子書籍が主流になって,電子書籍でも版面が復権したことは,極めて喜ばしい。この復権した版面の電子書籍をもっと紙の本の扱いやすさに近づけるために,さらにこんなことができないだろうか。
 「とても軽い素材で,二つ折りにでき,A5・B5・四六など判型を自由に選択して買える電子ペーパーの専用読書端末で,紙の本と同じような動きをバーチャルで実現する,できればくるくる丸めてジーパンのおしりのポケットに入れられる」。あるいは,「携帯電話兼用で,読書のときは,A5やB5など電子書籍に編集者が指定した大きさのバーチャルの版面を空間に映し出す」。こんな読書端末があればいうことないなぁ。