出版の役割

2010.10.01

医学書院  金原 俊

 「版」を「出す」と書いて出版。文字通りに読むと「版」を用いて紙に印刷し、世に「出す」行為、となる。電子出版の混乱はここに始まる。
 大量に複製し、世に頒布する方法が「版+紙」しか無かった時代は、この定義に疑問も違和感も感じなかった。ところが電子という新たな手段が出現したとき、その定義に照らしてそれが「出版」の一部か、はたまた「出版」以外のものか分らなくなってしまった。「出版」という言葉には「版(紙)による」、と言う制約が含まれるからだ。考えてみれば「電子出版」という言葉自体が矛盾している。電子に「版」を用いることはない。
 一方、「出版する」を英語で言えば「Publish」となる。Publishを「オックスフォード現代英英辞典」で引いてみた。最初に登場する定義は、「to produce a book, magazine, CD-ROM, etc. and sell it to the public」である。更に「to make (something) available to the public on the Internet.」との一項もある。そこには書籍と同列にCD-ROMやインターネットも挙げられている。さらに、公にすると言う意味合いも強い。少なくとも英語圏での「出版」の定義は「世に出す」ことに他ならず、その手段が版(紙)であるのか、電子であるかは問わないと言えそうである。従って「電子出版」に矛盾はあっても「Electronic Publishing」には矛盾は無い。
 以上は私の個人的な面白半分の考察だが、半分は本気である。「出版」という日本語がそもそも間違いのもと、などと真顔で言うつもりはないが、どうも出版界に身を置く我々は手法論にとらわれ過ぎている気がしてならない。本来、出版とは、英語の定義に照らすまでもなく「情報を公にする」ことが目的であり、その手段は問わないもののはずである。それなのに手法が紙から電子になると、どういう訳か身構えてしまう。見た目が違う、作り方が違う、使い方が違う、提供ルートが違う、その他、色々違いはあるだろう。それにしてもこれほど出版とは別もの、と捉える必要はないのではないか。その結果、対応が緩慢となり、様々な混乱も生じる。
 実際、出版社が関わらない、あるいは部分的にしか関わらない電子出版は数多く存在する。Wikipedia、ぐるなび、乗り換え案内、Google Map、電子辞書等々。これらの情報の伝達は、以前は全て紙で行われており、間違いなく出版の範疇であったが、伝達手段が電子になった途端に、我々自身が出版とは認識しなくなった様である。これは版や紙という手段にとらわれすぎた結果ではないだろうか。我々は単に本作りが得意だから、あるいは好きだから出版を行っているのではなく、より良い情報を提供することに意義を感じているから、出版を行っているはずである。
 重ねて言うが「紙」や「電子」は単なる手段なのである。手段は読者の需要に合わせていかようにも臨機応変に変えれば良い。紙で読みたい人が居れば紙を提供すれば良いし、電子で読みたい人が居れば電子で提供すれば良い。更に新たな手段が出現して、それを希望する人が居れば、その方法で提供するまでである。大事なことはそれらの全てを我々が責任を持って提供することであろう。なぜならそれこそが我々の目的であり、出版(パブリッシュ)であるからだ。用いる手段がどんなに変わろうとも、情報を集め、整理して、広く公にすることは、決して変えてはならない出版の目的であり役割である。今後もこの役割を忠実に果たしながら、電子などの優れた手段を積極的に取り入れて「出版(パブリッシュ)」を継続していきたいと考えている。