eBookJapan総合図書、10万冊へ -小説公募を開始した「三田誠広の小説教室」の挑戦-

2014.02.01

イーブックイニシアティブジャパン  鈴木 正則

 eBookJapanは、2013年4月に「三田誠広の小説教室」を立ち上げました。
 1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞した三田誠広さんは武蔵野大学で「小説の書き方」を教えています。その「授業」をサイト上で展開できないか――編集グループの山本剛が新しい企画を提案してきたのは、確か2012年が暮れようとしていた頃でした。10年ほど前に早稲田大学で三田さんの授業を受けたことがあったから浮かんできたアイデアでした。
 
 ちょうどその頃、私たちはそれまでの独自画像データによる電子書籍に加えて、リフロー型の電子書籍への対応を始め、多くの出版社の文芸書、実用書の取り扱いが急速に増え始めていました。毎週毎週1000冊もの本が増えていくという新たな状況の出現です。急激に増えていく書籍を読者にいかにして届けるか。その存在を知ってもらうためにはどうしたらよいのか、何ができるのか。何らかの手を打たなければ、せっかく集めてきた本が読者の目に触れることなく、埋もれていってしまうことは明らかでした。急増する総合図書(eBookJapanでは文芸書やビジネス書、実用書、写真集などを「総合図書」と総称しています)のプロモーション問題はいままで以上に重要なテーマとなっていました。
名作、傑作の本当の読み方
 そんな状況下にあって、「三田誠広の小説教室」はいくつもの可能性を感じさせる企画でした。三田さんとも打ち合わせを重ねて、芥川賞、直木賞の受賞作を素材に三田さんが小説の読み方のポイントを解説していくことになりました。それがそのまま小説の書き方にもつながっていくという試みです。4月のスタート当初は月1回の執筆でしたが、好評で6月からは三田さんに無理をお願いして公開頻度を月2回にあげてもらいました。
 現在までに以下の18本のコラムが公開され、序論として文学への考え方を述べた初回を除いて17の作品が取り上げられました。
 第一回 「文学」への第1歩 (2013/4/17)
 第二回 さえない女の子のさえない現実(2013/5/10) 
      綿矢りさ19歳の芥川賞受賞作『蹴りたい背中』について
 第三回 人間と社会を描くということ(2013/6/14) 
      破綻に向かう夫婦を淡々と描いた、伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』について
 第四回 ファンタジーは現実の反映である(2013/6/28) 
      幻想的な世界に女性の葛藤を描いた、川上弘美『蛇を踏む』について
 第五回 たまには懐メロもいいものだ(2013/7/12) 
      1960年代の若者のバイブルとなった青春文学、柴田翔『されど われらが日々――』について
 第六回 新しいテーマは目の前にある(2013/7/26) 
      全共闘時代をナイーヴな若者の視点で描いた、三田誠広『僕って何』について
 第七回 小説には流行がある(2013/8/9) 
      日本語の限界に挑んだ著者75歳のデビュー作、黒田夏子『abさんご』について
 第八回 幽霊を出すタイミング(2013/8/23) 
      定年間近の駅長に訪れた奇跡を描いた、浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』について
 第九回 本当の自分を求めて(2013/9/13) 
      女性の友情と亀裂を描いた傑作長編、角田光代『対岸の彼女』について
 第十回 社会問題へのまなざし(2013/9/27) 
      経済大国の底辺に生きる女性たちを真摯に描いた、笹倉明『遠い国からの殺人者』について
 第十一回 主張のある作品からポップな作品へ(2013/10/11) 
        8つの名曲のタイトルを冠した恋愛短編集、山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』について
 第十二回 大人の恋は若者にはファンタジーだね(2013/10/25) 
       大人の孤独と狡猾さを表現した、林真理子『最終便に間に合えば・京都まで』について
 第十三回 無邪気な主人公をしたたかに描く(2013/11/08)
       「血の宿命」を背負った青年の葛藤を描いた、中上健次『岬』について
 第十四回 無邪気な主人公をしたたかに描く(2013/11/22) 
        ナイーブな少年の目線で描いた青春文学、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』 について
 第十五回 圧倒的迫力のアンチロマン(2013/12/13) 
       妄想と現実の連鎖を饒舌に描いた、笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』について
 第十六回 暗いリアリズムの魅力(2013/12/27) 
       逃げ場のない血と性の物語、田中慎弥『共喰い』について
 第十七回 時代の風が吹く(2014/1/10) 
       夫とめぐる失われた過去への旅を描いた、鹿島田真希『冥土めぐり』について
 第十八回 文学は一生の楽しみ(2014/1/24) 
       森敦『月山』雪深い集落での奇妙な体験を描く
 なお、三田誠広さんのコラムは以下のurlでご覧いただけます。
 http://www.ebookjapan.jp/ebj/special/special_mitakyoshitsu/pc/index.asp
読者参加型企画へのステップアップ
 三田さんの作品解剖を読んでいてなるほどと思ったことのひとつに「文学に新旧はない」ということがあります。いい小説は、永遠の命を持っているし、そのテーマ性は時代が進んでもけっして色褪せることがありません。その意味で、「三田誠広の小説教室」は、三田さんの小説のとらえ方、文学観がやさしく、わかりやすい文章で綴られていて、作品レビューとしても、小説好きの人ばかりか、普段はマンガを多く読んでいる利用者にも楽しみにしていただいているようです。
 いい形で2年目を迎えることができて少し安心した次第ですが、実はもうひとついい意味での誤算がありました。スタート前に内心危惧していたのは、三田さんが取り上げようという作品が電子書籍としてeBookJapanサイトにちゃんとあるだろうかという問題です。ところが、いざふたを開けてみると、開始前の心配は杞憂に終わったといえるほど、文芸作品の電子書籍化が進み始めたのです。たとえば、鹿島田真希『冥土めぐり』は2012年上半期、黒田夏子『abさんご』は2012年下半期の芥川賞受賞作ですが、このような本がちゃんと電子化されていて、いつでもどこでも手に入れることができるようになっていたのです。いまでは紙版と電子版が同時に発売されることも珍しいことではなくなっています。
 芥川賞・直木賞が第150回を迎えたということで、受賞作発表が例年以上にイベント化されましたが、eBookJapanでも『昭和の犬』(姫野カオルコ)、『恋歌』(朝井まかて)、『とっぴんぱらりの風太郎』(万城目学)、『王になろうとした男』(伊東潤)、『さよなら、オレンジ』(岩城けい)などの候補作が揃って配信中で、受賞作発表の日(2014年1月16日)を迎えました。発表前にこれだけの候補作が用意されたのは、私が知る限り初めてのことで、電子書籍化の進展ぶりを象徴する出来事といっていいでしょう。
 話が少し横道にそれますが、電子書籍化の進展、品揃えの拡大は順調です。2013年年末の中吊りバナーには「2014年も続々配信 eBookJapan総合図書10万冊へ」というキャッチコピーを掲げました。現在の総合図書配信数は6万4000冊あまりです。夏前までには達成したいと考えています。
 こうした配信書籍数の拡大が「三田誠広の小説教室」の大事な背景となっていることは、前述の通りですが、2013年11月25日、私たちは次のステップに歩みを進めました。「三田誠広の小説教室」で作品募集を始めたのです。小説の公募です。読者・利用者の参加型の企画へのステップアップで、優秀作品と評価された小説は三田さんの講評をつけたうえで電子書籍リリースしようと考えています。
 公募開始からまだ3か月ですが、10人を超える利用者から作品が届いています。最終審査をお願いしている三田さんから高い評価をえる応募作が出れば、4月か5月頃には電子書籍となってサイトに公開される運びとなります。ご期待ください。