きっと死ぬ頃には……長谷川秀記的デジタル考

2018.05.27

自由国民社  森 誠一郎

 予測では、自分が「死ぬ頃」には紙の本より電子の方が圧倒的に優勢になる。これだけは断言しておくよ。
 そう力説したのはあの長谷川さんである。ある種の持論というか願掛けにも聞こえたものである。あれから30年以上たった昨年6月、なぜか突然逝かれてしまった。長谷川予測の紙と電子の天秤は「優勢」というのがどうにも主観的にならざるを得ないのだが、駆逐とかアルティメットクラッシュといったことばを使わなかったところはよしとしておこう。電子好きを標榜しながら、紙の本への偏愛も結果的には捨て切れられずにいたところはいつも嘘をついて誤魔化していたところがあったがゆえに。

 そんな長谷川さんの一周忌を過ぎたころ、三瓶さんから「原稿の順番来ましたよ」とメール連絡。どこぞにいるのか知らないが、「……おれのことを書けっていうことでしょ。三瓶さんがせっかく仕込んでくれたんだから」という声を聞いたような聞かなかったような。

 いずれにしろ、長谷川さんの予測は裁定微妙だよねと思っているうちに、それも死を以てというのは如何せん空しく切なくもあるので、ここはどうでしょう社長!と問うたつもりもないのに、三半規管に微妙なトラブルをもつゆえか、あの声があの調子でこう切り返してきたわけです。

長谷川「確かに、こっちが先に死んじゃったからね。予定外というか想定内というか。でもねえ、紙は減り、電子は増えているとはいえ、出版全体の縮減の勢いはすごいわけで。もはや出版だからこそとか、出版社でございます的な前置きをしていることこそがNGなのかもしれない。というか世界は今デジタル全盛であることは間違いないわけで、紙とデジタルという比較そのものが心も打たないのは、困ったもんだよね。」

長谷川「そういえば前から言ってたでしょ、スマホ的引きこもり公開私的生活っていうの。そういうのをターゲットにしてさ。読書はひきこもりのひとつのかたちであり、暇つぶしこそ人生の最大パーセントなんだから。言ったよね、聞いたよね。まさにスマホは暇つぶし+ひきこもりツールなんだし。
 あ、そうだ。AIを忘れちゃいけないよね。それと検索。検索するたびに個人情報はいつでも公開処刑できます的なところがあるわけで。すごいことになってきているよね。
 SNSは自分探しの代行というか自己啓発も代行してしまっているというか、自分のことは何でもかんでもスマホの中っていうのがモバイル人生というかスタイルというか。喧嘩できるのもするのも、誹謗中傷名誉毀損も、スマホの中から。エッチするのも、興奮するのも、スマホの中。これ当たり前にしている人、どれくらいいるんだろうね。」

長谷川「あなたにおすすめの、音楽、本や写真集、服ファッション、雑貨に旅行、異性、食べ歩き……友だち申請、出会い系も、お金も、スマホの中にあるっていう人、普通だからね。愛も、性も、暴力も、とは言わないまでも。それから実生活では世界一現金好きと言われるこの国でも、たちまち、銀行口座が普通にほとんどスマホの中でになるのはそう遠くないようでしょ。ブロックチェーンに驚いてみせるようなことのほうが嘘っぽいよね。あああ、言いちゃった言いちゃった。次はそうなると、どんなのがスマホの中に入るんだろうね。それを見つければ、見つかれば、ある程度価値というか優勢なポジションとなるんじゃないのかな。
 でも、ぼくちゃん的には、こっちの方がいいわけです。関戸さん、最近、コマ作ってまわしているでしょ。その小さな情熱というか。あれって、あえて形としてみせる個人的アプリというかインスタかなって感じでしょ。あんな感じで、誰かに見せたりあげたり、話題にしたりすることが、しず~かに、つながっていくのがいいわけです。そう、ささやかに」

――ところで5月11日、梅津さんと三瓶さん、浅草へ行ったの知ってますよね。
長谷川「だって、あそこにいたもん。おれが行かないわけないでしょ。妖精なんだから。清水さんとはいっつも山登ってるし。空から降りて山登るわけよ。新しい登山スタイル。あのとき下川さんコーヒー淹れてたよね。おれのコーヒーあるのに、飲めないっていうのがじれったいんだけど。
 で、なんだっけ?」

――だからそもそもは電子出版の売上げが紙の本を超えるのは、長谷川さんが社長の時にした「自分が亡くなる頃にはそうなっている」という予測話です。で、現状の勢いは電子にあっても、実売りは紙の本が縮減しながら出版の世界をどうにか支えてはいる、と。とはいえ、電子出版あるいは電子書籍の売上げは、マンガやアダルト、社長の大好きなラノベなんかは好調ではあっても、一方で実用書などはまだまだ苦戦しているという状況は果たして今後どうなるのか?という例のあれです。そこを具体的に、お話しできませんか?

長谷川「だからそこらあたりのことは、そうだなあ~、そういうことになるまえに、JEPAにはそっと伝えるようにするから。きょうのところはこの辺でいいだろうと。
 そういえば、銀座で社長やっていた頃の出版企画で『解答のない問題集』っていうのがあったよね。思い出した――あれの、企画担当編集だったよね。で、本になったの?」
――営業にボツにされたままですかね、確か。そういえば、もう何年前になるのかな。
長谷川「ならばいまさらのように、デジタルファーストすればいいんじゃないの? そういうのやりなさいよ。仕事は暇つぶしでやるのがいいかもしれないんだよ。
 でも、そうか、そういうことなら、本になっていない出版企画だけを集めて……新しく出版社でもはじめるとしたら、どうだろうかね。創業出版企画は『解答のない問題集』。これ、売れるかどうかわからないけど、出版してみたいよね……でも、ここがいけないところか……やっぱ、だめだね」

 そういうわけで、合掌。