人工知能は、どこまでコンテンツ制作をサポートできるのか?

2020.05.08

日立コンサルティング  岡山 将也

 学生時代、人工知能(AI)に興味をもって真面目?に勉強していたころ、鉄腕アトムのような人間のような頭脳を作りたいなとか、ナイトライダーを見て、ナイト2000のキットのような自動運転可能な車の頭脳を作りたいなとか、想像(夢)を膨らませていました。
 
 しかしあの当時のコンピュータでは計算パワーが足りず、ちょっとした複雑な計算処理をするだけでも、途方もなく時間がかかりました。そのため、どうやったら効率的に知識を取り出せるか、どのように知識を組み立てれば解に近づくのかを模索した時代でもありました。
 
 また、多くのセンサー情報を用いて人間のように曖昧な部分をうまく制御に活かせないかを模索した時代でもありました。この制御こそ、1990年の新語・流行語大賞の新語部門で金賞をとったファジィ(ファジィ制御)でした。
 
『あれから30年!』
 
 時代は進み、昨今の計算機パワーの増大、データの流動性が飛躍的にアップし、深層学習(ディープラーニング)のような複雑な計算も実時間でできるようになりました。また多くの優秀なエンジニアがしのぎを削って新しい手法を考えだし、より複雑な処理もできるようになりました。飛び切り驚いたのは、2019年度に実施された2つのビッグプロジェクトでした。
 
 一つは、ヤマハさんのVOCALOID:AI(ボーカロイド:エーアイ)による美空ひばりさんの歌声再現のプロジェクトです(https://www.yamaha.com/ja/about/ai/vocaloid_ai/)。生前の美空ひばりさんのレコーディングデータからVOCALOID:AIがそのデータに含まれる音色や歌いまわしなどの特徴をディープラーニングにより学習することで、美空ひばりさんの独特の癖やニュアンスを含んだ歌声を学習し、新曲「あれから」の楽譜から合成音声を生成して、美空ひばりさんを再現しました。NHKの協力もあって映像も作られ、あたかもそこに美空ひばりさんがいるように演出されました。
 
 もう一つは、キオクシア(旧東芝メモリ)さんの人間とAIが協力してマンガを描く「TEZUKA2020」プロジェクトです(https://tezuka2020.kioxia.com/ja-jp/index.html)。すべてをAIで実現したわけではありませんが、手塚治虫さんが生きていたら、どのようなキャラクターを描くだろう、どのようなストーリーを語るだろうという目標に、プロジェクトメンバーが試行錯誤を繰り返して、人間とAIとの協調作業を実現しています。
 
 ここで利用されたAI技術はディープラーニング、プランニング、事例ベース推論、13フェーズ理論、敵対的生成ネットワーク、転移学習など多義にわたります。見ての通り、新旧技術が入り混じっていますね。人間の創作活動をサポートするために、様々なAI技術が利用されています。このプロジェクトに携わったAI研究者の方々のご尽力を考えると、協調というより“協創”に近いのかなと思っています。詳細な技術を知りたい方は、『人工知能』35巻3号(2020年5月)に特集「AIでよみがえる手塚治虫」が掲載されていますので、ぜひ読んで見てください。
 
 ここ数年、文化や芸術の領域にAI技術が適用されて、様々なコンテンツの制作をサポートしています。中には“気味が悪い”とか、“故人への冒涜だ”とか、様々な意見が絶えません。技術的に見れば、昔はオモチャ?と思われていたAI技術も何とかここまで来たという感じですが、AI技術を悪用する輩も多くいるのも事実です。世の中では、映像コンテンツの一部をある画像と置き換えてあたかも本人がそこにいるかのようにするフェイクビデオも問題になっており、AI技術を利用する場合の倫理的配慮も必要になってきています。
 
 このようにAI技術を利用したコンテンツ制作においては、より難易度の高い課題も出てきていますが、新しいパラダイムへの転換期を迎えているのも事実です。出版においてはDTPの出現によって版下制作から印刷までの工程が劇的に変化し、今ではオンデマンド印刷まで可能となっています。いよいよコンテンツ制作の領域にも、AI技術による制作支援という新しい世界が始まろうとしています。ある意味AIから目が離せませんね。