アダージオ

2021.11.01

翔泳社  田岡 孝紀

 ねぎらいの言葉を講師の松田政行弁護士にかけていただき、画面越しでも心がこもっていることが伝わってきた。
 先日開催した「出版・電子出版著作権総講義」の第2回が、システムトラブルの影響を受けて、二十分もスタートが遅れた。しかし、運営スタッフが一丸となって対応にあたり、ご迷惑をおかけしたのにも関わらず、参加者の皆さんからの反応が良く、手応えを感じて幕を閉じることができたのである。

 JEPAが開催するセミナーは、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の発令を受け、オンライン形式で行われるようになり、宣言が解除されてからも、その状態を継続している。
 コロナ禍で出版界でもテレワークが普及したからか、Webセミナーは好評で、なかでも著作権委員会が主催している著作権セミナーは、毎回四、五百人が参加する大人気のコンテンツだ。
 出版ビジネスに精通した知財法務のエキスパートである松田弁護士や村瀬拓男弁護士、池村聡弁護士といった講師陣が、出版業界の最新動向を踏まえ、実務に役立つ講義をするのだから、注目が集まるのは当然である。
 しかし、評判が高い理由はそれだけではない。
 著作権セミナーは、対面で行っていた頃は開催時間が2時間あったのだが、オンライン形式に変更する際、取り上げるトピックの数はさほど変えずに、開催時間を1時間半に短縮した。モニターを通した講演では話し方も聞く方も集中力が続かないと考えたからである。
 正直に話すと、著作権委員会で議論を重ねて方針を決定したというわけではない。打ち合わせに参加したメンバーで割とあっさり感覚的に決めた。偶然とはいえ、こうして、旨味が詰まった濃縮バージョンのセミナーが生まれたのだ。

 新型コロナの新規感染者数に減少傾向が見られ、ようやく落ち着いて、身の回りのことを考えれられるようになると、著作権セミナーだけでなく、コロナ禍で変更を余儀なくされ、変えてみたら改善につながった、という例が少なくないことに気づく。

 私が勤めている翔泳社では、最初の緊急事態宣言が出てからすぐに、出版契約書をすべて電子契約サービスに切り替えた。
 それまで、いずれは導入しようと、海外に在中する著者との契約など、試験的に利用していたのだが、著作権者と出版権者が人との接触を減らさなければならない状況で、出版契約を進めるには、オンラインによる契約しか選択の余地はなかったのである。
 導入する前後は、新しいサービスなので、担当編集が著者に概要を説明したり、法務担当が契約書の条文を見直したりするなど、それなりの労力はかかった。ところが、いざ始めてみたら問題は起こらず、年間で数百人にのぼる契約者のうち、従来の紙による契約書を希望する著者は数人しかいなかった。
 契約書を発行してから締結までの期間もスピーディーで、メールが届いているのに気がついたら、すぐに電子署名をしてくれる著者がほとんどだ。

「出版・電子出版著作権総講義」を乗り切ることができたのは、Webセミナーでは参加者の顔が見えないので、トラブルが起きると必要以上に焦りを感じてしまいがちだが、自分たちのペースをみださず、じっくり対処していけば、解決の糸口を見出すことができることを経験を積んで学んできたからだと思う。

 アダージオという言葉は、楽譜ではゆるやかな速度のことを指すが、クラシックバレエではゆっくり動くという意味で使われるということを最近になって教わった。
 ニューノーマルやウィズコロナといった用語が身近に感じられるようになったものの、新しい日常や企業活動がどこへ向かっていくのか、その行先が見えてこない。 
 さまざまな答えがあるだろうが、こんな困難な状況でも改善できたことがあるのだから、まずは焦らずに、丁寧に仕事をして、丁寧な暮らしをしていこうと自分に言い聞かせている。
 アダージオには丁寧にという意味が含まれているのではないかと、ふと考えた。