Webtoon市場はどうなる?

2023.03.01

パピレス  天谷 幹夫

 最近、コミック業界では、Webtoonという言葉が良く話題になっているようです。特に電子コミック業界では、今までの紙出版された、ページ送りのコミックをデジタル化したものを、版面形式と言い、コミックのコマを縦方向に並べて送る縦スクロール・コミックをWebtoon形式と言い区別しています。

 それで、「今後Webtoonがコミック市場を席捲するのでは」とか、「いや、未だ版面形式の市場が続くであろう」とか、話題になっている訳です。この話を聞くと、私は、20年以上前に、「これからの時代は、電子書籍が席巻するか」とか、「いや、紙書籍は永遠だ」とか、議論されていたのを思い出します。それで、私は、今回、このキーパーソンメッセージに「Webtoon市場はどうなる?」とのテーマを取り上げることにしました。

 結論から先に言いますと、私はWebtoon派です。私どもの会社パピレスが運営する電子書籍サイト「Renta!」では、2015年8月から過去に紙出版された版面形式のコミックのコマを切り分け、縦方向に並べ替え、カラー著色したものを「タテコミ」と称して、現在までに6万話以上を制作し販売して来ました。著名な例では、実業之日本社の「静かなるドン」全108巻をタテコミ化し、フルカラーのタテコミ全1,180話として販売しています。何故、ここまでしているか、その背景をこれからご説明します。

 Webtoonはご承知のように、韓国が発祥の地と言われています。インターネットが普及して、PCで各Webサイトの情報を見ることが普通となった2003年頃、韓国のNAVERやDaum(後のKakao)のWebサイトに画像を縦に並べて、投稿掲載したカン・プルの「純情漫画」作品が最初と言われています。その後、ユン・テホやカン・ドハなどの投稿作家が出てきて、Webtoonの黎明期を支えました。*1)

 これらの投稿作品に興味を持ち商用化を考えた、NAVERのキム・ジュングが2005年にNAVER WEBTOONを立ち上げました。NAVERは、これらの作品をWeb(ブラウザで閲覧するサイト)から生まれたCartoon(1コマ漫画)を意味するWebtoonと名付け、韓国が発祥となった訳です。その後、韓国では、2009年にスマフォ(スマートフォン略称)が導入され、徐々に普及しはじめると、LINEやKakaoなど各社は、PCブラウザ用のWebtoonをスマフォに適合するように整形して、配信を始めた訳です。その頃の韓国における紙の漫画は、翻訳物も含めて日本ほど普及してなく、若者はWebやアプリで配信されるWebtoonを読み、これが通常の電子コミックとなったようです。

 日本でWebtoonが開始されたのは、2013年にLINEが韓国オリジナルのWebtoon作品を「LINEマンガ」で販売始めたのが最初です。その後、前述のようにパピレスは、2015年から日本の従来のコミックをWebtoon化して、参入しました。2016年には、韓国Kakaoの子会社であるピッコマがスマフォアプリでWebtoonを開始しました。最近では、前述したように、Webtoonが話題になり、日本でも参入する企業が相次いでいます。

 しかし、NAVERは、Webtoonという用語を、日本を含め、世界で商標登録したため、その後、縦スクロール・コミックの販売に際しては、NAVERのグループ子会社LINE Digital Frontierは「LINE WEBTOON」の用語を使えますが、それ以外の各社は、パピレスの「タテコミ」やBook Walkerの「タテスクコミック」、ピッコマの「SMARTOON」、GAMMAの「G!TOON」、DMMの「GIGATOON」、Comicoの「タテカラー漫画」などと呼称せざるを得なくなっているのが実情です。

 それで、今後Webtoonの市場はどうなるかを考えるには、漫画の歴史を考えると分り易いかと思います。日本での漫画の発祥は、平安時代末~室町時代にかけて描かれた、鳥獣戯画に代表される絵巻物です。この時代に絵を書く台紙は、木皮、絹織物、和紙で、横長の巻物でした。物語も巻物を開いて読むため、右から左へ横方向に絵を並べて描かれ、今風に言えば横スクロール・コミックでした。それが、江戸時代になって、木版印刷の普及とともに、和紙を束ねた冊子のページごとに1枚の絵を描いた絵本となりました。明治時代~大正時代になると、活版印刷が導入され、多色印刷により、カラー物語の絵雑誌や絵本が普及しました。しかし、カラー印刷のため、一般の人が買うには高価な絵本でした。

 これが、昭和の初期になると、ストーリ性のある長編漫画をみんなに安く読んでもらうために、1枚の紙に複数のコマを並べて表示しました。最初は、コマの並びも左送りや右送りと、いろいろあって番号を付けて順に読んでいました。この頃に新聞を発祥とした、長谷川町子の「サザエさん」を例とする4コマ縦並べ漫画も出されました。今で言う縦スクロールです。これが、昭和の戦後になると、横読み6~8コマ漫画が標準になり、版面形式として現代に繋がっています。原型を考えたのが手塚治虫で、発展させたのがトキワ荘の赤塚不二夫、石ノ森章太郎、藤子不二雄らと言われています。

 これらの歴史から分かることは、漫画の画像は、媒体(メディア)の形に合った表現とそれを作る時のコストに合わせて変化してきたと言うことです。絵巻物では、右から左へ横スクロールしました。「巻」という用語はその名残です。冊子では、絵本として1ページに1枚画像で表現しましたが、コスト高で長編は不可でした。製本紙では、長編のストーリをコスト低減して出版するため、コマ割が始まり、1ページに、横読み6~8コマが標準になりました。しかし、カラー印刷を行うとコストが高くなり、作画の時間もかかるため、モノクロ・コミックが一般でした。

 現在は、インターネット環境の中で、スマフォと言うメディアが普及し、Web画面などで情報を得ることが一般化されました。このスマフォで文字や画像を見る時、縦スクロールが標準になっています。このため、コミックもコマを縦に並べたWebtoonが自然になる訳です。また、紙の印刷・製本代に比べて、電子で表現する1コマのコストは、非常に割安です。このため、1画面でコマ割を考える必要がなく、スマフォ画面いっぱいに1コマを入れることも可能です。また、Webtoonでは、数ページに渡る長さのコマも平気で描けます。このため、デジタルボーンの作品ではWebtoon特有の共感を誘いやすい心理描写の表現も可能になる訳です。*2)

 また、カラー化についても、印刷の着色に比べて格段に割安です。このためWebtoonはカラー化が普通になっています。但し、カラーリングでは、デジタル描画でも制作側のコストと時間がかかるため、Webtoonの制作では、ネーム、線画、カラーリング、仕上げ、写植などを手分けして作品を作るスタジオ形式が一般的になりつつあり、近年ではWebtoon制作スタジオの立上げが相次いでいます。

 以上のようにメディアとコストの影響によりコミックの表現が変化してきたという歴史的観点から考察すると、スマフォのメディアにはWebtoonが最適と言えます。しかし、日本ではすぐにWebtoonが普及するかと言うと、ある程度の年数は必要かと思います。韓国や中国に比べて、日本は遅れているという意見もありますが、これは、以前のキーパーソンメッセージでも述べましたように、日本における紙書籍の一人当たりの市場は、世界的に見ても大きく、出版の一時代を風靡したと言えます。

 20世紀の初頭、米国で自動車の量産化が始まり何1000台もの自動車が町を走ったころ、自動車を発明した欧州では、長年築いてきた馬車の文化が強く、一般人への自動車の普及は遅れていました。どこの国でも一時代を風靡した文化が強いと次の文化の普及が遅くなるのは、歴史の常です。

 このため、Webtoon市場は、ある程度の年数は必要であろうが、最終的に市場を席捲するというのが、私の結論です。

参考文献
*1) コミックナタリー「Webtoonって最近よく聞くけどなんでこんなに話題なの?」https://natalie.mu/comic/column/480891

*2) 今井一気 “マンガの表現形態に関する研究 ─縦スクロールマンガの展開─”
『早稲田社会科学総合研究』 別冊「2018年度 学生論文集」