プリントオンデマンド

2015.08.21

プリントオンデマンドとは

プリントオンデマンド(POD、 Print on Demand)の語義は「要求がありしだいすぐに印刷する」である。印刷ビジネスではデジタル印刷機をつかって、小ロットの印刷物を短納期で製作する形態を意味する。出版が対象とする書籍や雑誌では、印刷だけではなく製本や流通までを含む意味で使われることが多い。本の場合は、ブックオンデマンドという用語が同じような意味でつかわれることもある。ここではブックオンデマンドの類語としてのプリントオンデマンドを中心に考える。

 

 

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歴 史

プリントオンデマンドは、1990年代後半から登場したデジタル印刷技術によってはじめて可能となり、糊などの材料や製本機のコンピュータ制御など技術の進歩によって実現した。

 

印刷技術の進歩

現在主流になっているオフセット印刷は、印刷のための版を制作して印刷機にセット、印刷機でインクをローラーから版胴、版胴からブランケット胴を経由して紙に転写するアナログ方式である。版を製作して印刷機にセット、刷り出しを見ながらインクの量を調整する、などの準備工程が必要であり、小ロット・短納期の印刷物にはあまり向いていない。これに対し、デジタル印刷機は複写機やプリンタのように印刷物を作るので、印刷開始までの時間が短く、ロットの大きさで単価が変わることがない。こうしたことでデジタル印刷機は小ロット・短納期が要求される印刷物に向いている。

コストを比較すると、オフセット印刷では版代や印刷の立ち上げコストなど初期費用がかかるが、刷り始めてからのページあたりの単価は安い。デジタル印刷機は、ページあたりの単価は部数にあまり関係なく一定である。そこで、部数が少ないとデジタル印刷機の方が安いが、部数が多くなるとオフセット印刷の方が安くなる。両者のコストがクロスするのはモノクロで数百部といわれている。

 

製本技術の進歩

ちらしなどと違い、本をつくるには製本が必要である。製本は折り・丁合・綴じ・糊付け・表紙の取り付け・断裁など複雑な工程からなる。綴じにもさまざまな方式があり、即乾性の糊との組み合わせなど、製本専門の会社が工夫を重ねて製本技術が進歩してきた。印刷会社が製本まで行うこともあるが、単行本の製本の7割~8割は印刷会社とは別の製本専門会社が担当しているようだ。雑誌は発行日が決まっているので、部数が多い雑誌の製本では、発行日に間に合わせるため、専用のラインを使って一気に製本することが求められる。現在の単行本や雑誌の製本工程は、一度に大量の部数を専門化したラインで一括処理することで、高い生産性を実現し、結果として製本単価が安くなっている。

最先端のプリントオンデマンド・システムではデジタル印刷機と自動製本装置を連動する一貫システムで、ほとんど人手を掛けずに製本ができる。このようなシステムは日本では数システムが導入されているといわれる。しかし、自動製本システムでも、専門会社の製本ラインほどの高い生産性を挙げることができない。現在のところ、最先端の製本システムを使っても、一括処理するのと比べて、製本単価が高くなるようだ。

 

流 通

出版の新しい形態としてプリントオンデマンドと電子書籍に注目が集まっている。電子書籍はかたちがないが、プリントオンデマンドではかたちがある本を作るので、一般の読者に本を届けるには新しい物流の仕組みが必要である。

その一つは店頭で注文によって出版物を作って読者に渡す方式である。デジタル印刷機と自動製本を一体化したエスプレッソマシンがそれを実現した。アメリカの大学書店などでは、テキストを組み合わせてその場で本にして学生に渡すのにつかわれている。日本でも神田の三省堂本店に導入され、お客の注文に応じて本を作るのに利用されている。

他の一つはオンライン書店である。アマゾン(日本)は2011年4月よりプリントオンデマンドを導入した。当初は洋書から開始したが、現在は、国内出版社の本も対象にしている。アマゾンのKDP (Kindle Direct Publishing)は、個人の出版者でも直接契約して電子書籍を販売できる。これに対してアマゾンのプリントPODサービスは取次を通す必要がある。このほか、楽天ブックス、hontoのようなオンライン書店が次々とプリントオンデマンドの本を扱い始めている。オンライン書店によるプリントオンデマンドは出版社にとっては、新しい流通方式であるが、読者からみると従来のアナログで作られた本を購入するのと同じである。

 

出版活動の経済面とプリントオンデマンド

印刷・製本の両面からみてプリントオンデマンドでコスト・メリットがあるのは小部数の出版物である。プリントオンデマンドでは部数が多くなっても単価が下がらないので、千部以上ともなればアナログの印刷と一括製本の組み合わせで製作する方が安い。商業出版社の本では企画・編集・制作のコストが最初にかかるが、千部以下でコストを回収するのは難しい。プリントオンデマンドが有利になるような部数の本はそもそも出版できないのであり、商業出版社にとっては初版にプリントオンデマンドを採用する意味はない。むしろ増刷に至らない追加注文への対応、シリーズものの本の欠品回避の目的で採用されている。また、プリントオンデマンドによる復刻版も増えている。いずれにしても商業出版でのプリントオンデマンドは現在のところ補助的役割である。

出版活動には、自己の思想や考え方を広める出版、学術研究成果を還元する専門出版、企業のPR本、自分の経験の整理のための本など利益を目指さない分野がある。こうした商業出版以外の領域では初版部数を気にする必要がない。むしろ少ない部数から出版できて、コストの総額を小さくできるプリントオンデマンドを採用することで、出版できる本の種類が増える。

経済面からみると、プリントオンデマンドは本の制作の初期コストが比較的小さい、本を一部単位で流通させられる、在庫負担がなくなる、絶版をなくせるなどの点で電子書籍に似ている。電子書籍とともに出版活動の敷居を下げ、その活発化を担う両輪となることが期待される。

[小林 徳滋 アンテナハウス株式会社 20150810]