キーパーソン・メッセージ

2019.04.08

これを知っていたら私は癌にならなかった。誰でも簡単にできる「スピード体温計」による低体温チェック

インプレスR&D  井芹 昌信

■癌、発覚

 実は、昨年8月に癌が発覚し、9月、10月と2回の手術を受けました。それまで怪我も含めて、入院も手術もしたことがなく病院にはほとんどお世話になったことがなかったのですが、還暦を過ぎたと思ったとたんに悪い意味での初体験のオンパレードとなってしまいました。

 こういう出版の仕事をしているので体に無頓着だったのではと思われるかも知れませんが、人さまに比べて健康を軽視してきたわけではないと思うのです。年に1回の定期健康診断は欠かさずやっていましたし、運動も回数は少ないながらも武道を続けていたのですが…。

 病名は大腸癌でした。2年前に定期健康診断でアラートがあり内視鏡検査をやっていたのですが、その時はいくつかのポリープが見つかり切除してもらいましたが、ほかに異常は見つかりませんでした。つまり、長くてもこの2年間で癌ができてしまったことになります。それも転移までしていたというスピードでです。最近の「二人に一人は癌にかかる時代」というフレーズで言えば、二分の一の確率に入ってしまっただけとも言えそうですが、この統計は終身での値であり60歳で見れば十人に一人以下の確率だそうで、やはり不運と言えそうです。

■誰も教えてくれなかった、体温低下の危険性

 話が長くなってしまいましたが、今回お伝えしたいのは、私の体験で知った癌にならないようにするいい予防法についてです。

 今回、自分が病気になったことでいろいろ勉強しました。Webを検索し、30冊くらいの本を読み、知人からアドバイスをもらい、経験者や病院関係者からも貴重な経験談を聞かせていただきました。その中で、健康についてとても大事なことがあるのを知りました。それは、体温が下がるとよくないということです。体温が下がると体全体の免疫力が弱まり、逆に癌細胞は元気になってしまうそうです。人間の体温は36.5度くらいが平均の平熱ですが、もしそれが35度台になっていたら要注意ということです。

 私は、病気にかかる前までは風邪のときくらいしか体温を測ることはなかったので、自分の平熱が何度かなど気にしたことはありませんでした。でもいま思えば、体温が下がっていたという記憶があります。たとえば、いつもはよほどの寒さじゃなきゃコートを着なかったのに去年の冬はコートを着ていたし、手足が寒いと思ったことはなかったのに何となく手足や首筋が冷えるのを感じるようになっていました。おそらく、そのときはもう低体温になっていたのだと思います。

 もし体温低下が癌を育ててしまうことを知っていれば、私は癌にならなかったと思うのです。もしそのことを知っていたら、腸の不調(実は自覚症状があった)を見過ごさずにもっと早くに病院に行き、早期発見ができたと思うのです。どうしてこれまで、そんな大事なことを誰も教えてくれなかったのか、もっと大々的に言ってくれればよかったのにと恨めしくなります。私だけ知らなかったのかと思い、まわりの人に聞いてみたら、やはりほとんどの人が知らない状況でした。それで、この場を借りてのご報告というわけです。

2019.03.11

ただ一人の「女性の理事」になって考えたこと

医学中央雑誌刊行会  松田 真美

一昨年、「電子図書館委員会」の委員長と同時にJEPAの理事の任に就いたとき、「32人もいる理事の中で女性は私一人だけなんだなあ」と考え込んでしまった。過去を振り返っても、三省堂の高野郁子さんに次ぐ歴代たった2人目なのだ。
そのときに考えたこと、思うところをキーパーソン・メッセージに書きたいと意思表明してきた結果、遂に機会を頂けることとなった。異色の内容とは思いますが、なにとぞお付き合いください。

思うところとは、一言でいうなら「女少な!!どうして?」であった。この「どうして?」は「なぜ?(疑問)」ではなく「どうゆうこと?(困惑)」である。「なぜ?(疑問)」について言うなら、この1/32、即ち3%という割合は、企業における女性管理職の割合(7.2%)に近い。JEPAの理事の方々の多くが高位の役職に就いておられることより、この割合となる理由、背景も共通していると考えるが、その分析はあまたの歴史的・社会学的論考に譲り、ここでは「どうゆうこと?(困惑)」の方を掘り下げたい。
それはどうやら自分の仕事観に繋がっているようだ。仕事観といったって、そんなに大袈裟なものではない。要は「仕事するのに男も女も無い」に尽きる。

偶々医学論文の書誌抄録データベース「医学中央雑誌」の制作と提供と言う珍しい仕事を業とする組織に入職し、サービスの電子化を担当してきた。1991年に「医中誌CD」、2000年に「医中誌Web」を始め現在に至る。大変なことも多々あったが、総じて面白過ぎるくらい面白かった。
繰り返すがその仕事の面白さには男も女もなかった。美味しいものを食べているとき、美しい風景に感動しているとき、面白い小説に読みふけっているときに男も女もないのと全く同じ事と考える。

そして、組織においては、役職が上がるにつれ裁量、任せられる予算、部下、得られる情報が増えるがゆえに、職種や業務にもよるだろうが、一般的には仕事がより面白くなる。JEPAの理事の多くは、そのように仕事をされてきた方々なのではないだろうか。社内の権力闘争に勝ち抜いて出世した風な方はあまりいらっしゃらないような?(あくまで印象です。)それはともかく、だからこそ「32人の中で女性は私一人」であることが、なんだかとても残念に思えるのだ。

もちろん私が楽しく仕事をしてこれたのは、多くの偶然の出来事の結果である。こどもの考えを尊重する親のもとに生まれ、私の希望のままに過分な教育を受けたこと、女性が働き易い職場と仕事を任せてくれる上司に出会ったこと、職住保育園、そして実家が至近距離内という環境であったこと、夫が子育てに熱心だったこと、などなど。
そう、人が自ら選択し切り開けることは実際には極く僅かである。だから、世の中が変わらなくてはいけないのだ。

私の娘たちが、今の私の年齢になるころには、世の中が変わっているといいなあと思う。
そして、その未来を手繰り寄せるのは、ひとりひとりの心の持ちようかと思う。
そこで、皆様に心の持ちように関わるお願い・アドバイスを申し上げたい。この文章を読まれている多くの方々にとっては釈迦に説法かと思いますが、そこはご容赦のほどを。

最初に、男性の方々へ。どうぞ「理解」を。例えば、これはと思う女性の部下が管理職に上がることに難色を示したら、「女性はやる気が無い」と思わず「なぜなんだろう?」と考えてみる、みたいなことである。家事労働の負担一つとっても、今の日本で女性が働くことの困難さに議論の余地はない。

次に、女性の方々へ。自分の気持ちを大切にし、自らをステレオタイプに落とし込まないように。例えば、「出世したい」って女としてはどうなのか、と思いませんか? 私だってそう思うところが残っている。しかし、上述のように組織で仕事をする上で「出世したい」と思うのは極めて健全な欲望なのだ。とりあえずその自分の気持ちを大事にしましょう、もしそう思ったら。

もう一つ、女性差別だと感じたときは「罪を憎んで人を憎まず」で。何しろ、戦前の日本では女性には選挙権がなかったのだ。そこからたかだか75年。無意識への刷り込みは抗いがたいものだから、そこにおいては「彼」を憎まず、しかし、「差別」とは戦おう。そこから男女の垣根を超えた共闘の道も拓けると信じる。

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