キーパーソン・メッセージ

2019.03.11

ただ一人の「女性の理事」になって考えたこと

医学中央雑誌刊行会  松田 真美

一昨年、「電子図書館委員会」の委員長と同時にJEPAの理事の任に就いたとき、「32人もいる理事の中で女性は私一人だけなんだなあ」と考え込んでしまった。過去を振り返っても、三省堂の高野郁子さんに次ぐ歴代たった2人目なのだ。
そのときに考えたこと、思うところをキーパーソン・メッセージに書きたいと意思表明してきた結果、遂に機会を頂けることとなった。異色の内容とは思いますが、なにとぞお付き合いください。

思うところとは、一言でいうなら「女少な!!どうして?」であった。この「どうして?」は「なぜ?(疑問)」ではなく「どうゆうこと?(困惑)」である。「なぜ?(疑問)」について言うなら、この1/32、即ち3%という割合は、企業における女性管理職の割合(7.2%)に近い。JEPAの理事の方々の多くが高位の役職に就いておられることより、この割合となる理由、背景も共通していると考えるが、その分析はあまたの歴史的・社会学的論考に譲り、ここでは「どうゆうこと?(困惑)」の方を掘り下げたい。
それはどうやら自分の仕事観に繋がっているようだ。仕事観といったって、そんなに大袈裟なものではない。要は「仕事するのに男も女も無い」に尽きる。

偶々医学論文の書誌抄録データベース「医学中央雑誌」の制作と提供と言う珍しい仕事を業とする組織に入職し、サービスの電子化を担当してきた。1991年に「医中誌CD」、2000年に「医中誌Web」を始め現在に至る。大変なことも多々あったが、総じて面白過ぎるくらい面白かった。
繰り返すがその仕事の面白さには男も女もなかった。美味しいものを食べているとき、美しい風景に感動しているとき、面白い小説に読みふけっているときに男も女もないのと全く同じ事と考える。

そして、組織においては、役職が上がるにつれ裁量、任せられる予算、部下、得られる情報が増えるがゆえに、職種や業務にもよるだろうが、一般的には仕事がより面白くなる。JEPAの理事の多くは、そのように仕事をされてきた方々なのではないだろうか。社内の権力闘争に勝ち抜いて出世した風な方はあまりいらっしゃらないような?(あくまで印象です。)それはともかく、だからこそ「32人の中で女性は私一人」であることが、なんだかとても残念に思えるのだ。

もちろん私が楽しく仕事をしてこれたのは、多くの偶然の出来事の結果である。こどもの考えを尊重する親のもとに生まれ、私の希望のままに過分な教育を受けたこと、女性が働き易い職場と仕事を任せてくれる上司に出会ったこと、職住保育園、そして実家が至近距離内という環境であったこと、夫が子育てに熱心だったこと、などなど。
そう、人が自ら選択し切り開けることは実際には極く僅かである。だから、世の中が変わらなくてはいけないのだ。

私の娘たちが、今の私の年齢になるころには、世の中が変わっているといいなあと思う。
そして、その未来を手繰り寄せるのは、ひとりひとりの心の持ちようかと思う。
そこで、皆様に心の持ちように関わるお願い・アドバイスを申し上げたい。この文章を読まれている多くの方々にとっては釈迦に説法かと思いますが、そこはご容赦のほどを。

最初に、男性の方々へ。どうぞ「理解」を。例えば、これはと思う女性の部下が管理職に上がることに難色を示したら、「女性はやる気が無い」と思わず「なぜなんだろう?」と考えてみる、みたいなことである。家事労働の負担一つとっても、今の日本で女性が働くことの困難さに議論の余地はない。

次に、女性の方々へ。自分の気持ちを大切にし、自らをステレオタイプに落とし込まないように。例えば、「出世したい」って女としてはどうなのか、と思いませんか? 私だってそう思うところが残っている。しかし、上述のように組織で仕事をする上で「出世したい」と思うのは極めて健全な欲望なのだ。とりあえずその自分の気持ちを大事にしましょう、もしそう思ったら。

もう一つ、女性差別だと感じたときは「罪を憎んで人を憎まず」で。何しろ、戦前の日本では女性には選挙権がなかったのだ。そこからたかだか75年。無意識への刷り込みは抗いがたいものだから、そこにおいては「彼」を憎まず、しかし、「差別」とは戦おう。そこから男女の垣根を超えた共闘の道も拓けると信じる。

2019.02.11

図書館とは何をする所ぞ

JEPA事務局長  さんぺい とおる

歴史あるアメリカやフランスの図書館で「社会的有益性」ってことが議論になっているらしいね。
http://www.diplo.jp/articles18/1807-07bibliotheque.html
日本では大した議論もなく図書館の役割を塗り替えようとする動きがあるみたいだけど、とんでもねえよ。大学の図書館であろうが、公共図書館であろうが、図書館ってところは学習する所だろう。調べものしたいとき行く所だろう。そのために値段の張る本だって置いてあるのにねえ。大学図書館で、学生たちに本が利用されていないのは確かなことだけど・・・。でもねえ、アクティブラーニングだ、反転教育だ、批判的思考力だ、問題解決能力だ、なんて難しいことをいう前に、基礎知識は必要だぜ。外国に行って、基本になることを何も知らないでは相手にしてくれないよ。先生は、学生を甘やかさずに本を読ませなくっちゃあいけないね。公共図書館だって、司書は学習意欲のある人達だけを相手にすればいいんだよ。娯楽本なんて図書館が買わなくていいよ。学校図書館、これは重要だね。三つ子の魂百までと昔から言われているよ。文科省の学習指導要領には「児童の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かすとともに・・・・充実すること」とあって、総務省は教育情報化に必要な経費を各自治体の予算に地方交付税措置により上乗せしているんだから。ところが地方自治体の首長や議員さんは、選挙のときになると「子供の未来のために」とか口にするけど、選挙が終わってしまえば、お金は公共事業にと思うらしいね。議員さんも、自分の子供や孫のことを考え、早く気づいてくれよな。方や、図書室には埃を被った古い本がいっぱいで、鍵の掛かった図書室もあるとも聞くけど、校長先生もしっかりして欲しいね。
それに、時代遅れとも言える不思議な基準があるよね。文科省の決めた学校図書館図書標準のことだけど。
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/dokusyo/hourei/cont_001/016.htm
小さな学校の子供は 読める本が少なくても我慢しろ、というのかな。電子図書館なら、例え2万冊用意しても、子供の数に合わせた定額利用料金を払えば済むよね。それに、教科書はデジタルになるというのに、リファー(つまり参考にするってことだけど)される図書資料は紙の本? 子供には紙の本と電子化された資料の両方が欠かせませんよね。ただね、沢山の本を用意したからってだけでは読んでもらえないのは大学図書館が示しているよ。学校司書の方々にレファレンスへのアクセスの仕方などを、しっかり子供たちに指導していただかないとね。それに世界中の子供たちと競ったり、力を合わせたりする次の時代の子供たちが金太郎飴にならないように、いままでの常識を打ち破る多様なコンテンツが必要だよね。それを学識ある人たちに選んで貰わなくっちゃね。

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