出版物の電子書籍化、特にEPUB化を推し進める。そして読者とともに、新しい読書の形を、知り、考え、感じる喜びを、探し求めていく。
長きにわたる出版活動から膨大な数のバックタイトルを抱える岩波書店としては、それは一筋縄ではいかない壮大な夢であるとともに、挑戦でもあります。技術、コスト、需要、収益、それらが健全なバランスの上で成り立たなければ、持続できないからです。新刊は道筋を立てやすくとも、既刊、とりわけ活版からのデジタル化は古い名著の掘り起こしをしていくにあたっては避けて通れない課題です。難しさに日々直面しながら、それでも少しずつではありますが、文庫・新書類を中心にEPUB化に取り組んでいます。
岩波書店には、古今東西の古典の普及をめざす岩波文庫があります。この岩波文庫の電子書籍化には比較的早くから取り組み、それでも電子化できていますのは全体のまだほんの一部ですが、電子書籍版をかかえるタイトルの中核になっています。
岩波新書は、2019年に「岩波新書eクラシックス100」プロジェクトで、長く読み継がれてきた岩波新書の定番ロングセラーから選りすぐりの100タイトルを電子書籍化しました。とくにリクエストの多かった、表紙カバーの色が青色だった青版の時代(1949~77年)、黄色だった黄版の時代(1977~87年)のクラシックス書目を中心に、ほぼ全てをリフロー型で製作しました。
今年の8月は、社が掲げたテーマ「戦後80年 その起点を確かめる」の下、将来は古典的価値を持つであろう定評ある著作を収録しているシリーズである岩波現代文庫の既刊より、戦後80年の節目に今こそ読み直していただきたい作品10作を選び抜き、電子書籍という形で、新たな読者との出会いを創り出すことを目指しました。戦中・戦後を、新刊は今という時代から見つめ、既刊書はそれが書かれた時期から語ります。時間上の距離感が異なる、それぞれの眼差しが織りなす思索に触れることを通じて、重層的に過去を知り、自分が生きる今を考える、そうした読書を提示したい願いを込めています。
リフロー型電子書籍とは、テキストをテキストそのものに削ぎ落とすことで、古い作品であっても常に新しい形でテキストを提示できる、デジタルデータだからこそ持つ可能性を持つメディアです。道は果てしないと感じながらも、それがもたらしうる、本との時を超えた偶然の出会いが、多様な読書に繋がる端緒になればと期待するのです。